異端審問の法廷

フランシスコ・デ・ゴヤによって1812年から1819年に制作された「異端審問の法廷」は、スペインの異端審問の残酷な現実を描き出した油彩作品です。この絵は、スペイン異端審問で行われたアウト・デ・フェ（異端判決宣告式）の場面を捉えており、ゴヤが描いた他の作品群と共に、当時の社会的慣習や風俗を批判する意味を含んでいます。

スペイン異端審問の背景

異端審問は1478年に設立され、カトリックの信仰の純粋さを守るために活動しました。1481年に初めて行われたアウト・デ・フェでは、改宗ユダヤ人であるコンベルソたちが火刑にされました。また、アウト・デ・フェはただの裁判ではなく、告発された「異端者」を公に辱め、恐怖を与えるための場でもありました。被告はしばしば拷問を受け、自白を強要されることもありました。そして彼らが着た服装には、その犯罪の性質や社会的地位が記され、多くの場合、火刑の運命を暗示するようなデザインが施されていました。

18世紀に入ると、異端審問は公の場での判決を止め、非公開のアウティーリョという形に移行しました。ゴヤが活動した時期には、異端審問は廃止の危機に直面しましたが、フェルナンド7世の復帰とともに再び活発化しました。最終的に異端審問が公式に廃止されるのは1834年で、ゴヤの死の後のことでした。

ゴヤの制作背景とメッセージ

ゴヤは故郷のサラゴサからマドリードに移住し、宮廷画家としての地位を確立しました。彼の重要な転機は1792年に訪れ、重病にかかり聴覚を失った事件です。この出来事を契機に、彼の作品は明るいロココのスタイルから、人間の内面の暗さや社会の残酷さを描くものへと変わりました。

この作品でも、ゴヤは異端審問の恐怖や混乱を描きつつ、当時の市民社会の異常性を暴露しています。彼自身も二度にわたり異端審問に召喚された経験を持ち、その体験が芸術に反映されていると言われています。ゴヤの作品は、ただの描写を超え、深い社会批評を含んでいます。

作品の内容

「異端審問の法廷」では、法廷に置かれた被告たちが異端審問にかけられている様子が描かれています。被告たちはコロサと呼ばれる円錐形の帽子とサンベニートという服を着せられ、恥辱を受けています。彼らは無気力に座っていたり、パニックに陥ったりしており、その悲惨な表情が非常に印象的です。特に、ひとりの被告は判決を受ける瞬間であり、彼のうなだれた姿からは無力感が漂っています。

裁判官たちは中央で高い台に座り、判決を知らされた被告を見下ろしています。その背後には、異端審問官や宗教的な立場の関係者が立ち並び、周囲にはこの場面を見守る大勢の観衆がいます。彼らはこの異常な行為を興味津々で見守っており、教会の-sanctity-の影から恐ろしい現実が浮かび上がります。

この作品は、ゴヤが独自の視点で描いたスペイン社会の裏側であり、異端者に対する非情さや、人々がこの非人道的な行為を見世物のように楽しむ姿を強烈に表現しています。多くの人が集まっている様子から、当時の人々にとって異端審問の場がいかにして娯楽の一部であったかが窺えます。これは、現代に生きる私たちにも衝撃を与える、言葉にできない残酷さや不条理を示しているのです。

作品の影響と来歴

ゴヤの「異端審問の法廷」は、後のアートや文化に多大な影響を与えました。彼は1812年にメッセージを込めた作品群を制作しており、その中でも特にこの作品は注目されました。1828年にアントニオ・デ・ブルガダが作成した目録に名を残し、その後も次第に評価されていきました。

この作品は、マヌエル・ガルシア・デ・ラ・プラダによって所有され、最終的には王立サン・フェルナンド美術アカデミーに所蔵されることになります。ゴヤの描く残虐な光景は、今なお観る者に深い衝撃を与え続けています。

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