病的反射

病的反射（びょうてきはんしゃ）

病的反射とは、脳や脊髄などの中枢神経系に位置する上位運動ニューロンが損傷を受けた際に観察される、特異な反射反応を指します。通常、上位運動ニューロンは、筋肉の収縮を直接制御する下位運動ニューロンに対して抑制的な影響を及ぼしています。しかし、上位運動ニューロンが障害されると、この抑制機能が失われ、下位運動ニューロンが過剰に活動したり、普段は抑えられている反射経路が露呈したりすることで、成人では正常時にはみられない反射が出現するようになります。

これらの異常な反射は、神経系の病変、特に錐体路と呼ばれる、随意運動を司る重要な神経伝達経路の障害を示す有力な手がかりとなります。そのため、神経内科領域における診断や病態評価において、深部腱反射など他の神経学的所見と並んで非常に重要視されます。ただし、生まれたばかりの乳幼児では、神経系の発達が未熟であるため、一時的にこれらの反射が正常な生理現象として観察されることがあり、成長に伴って自然に消失します。この性質を利用して、乳幼児の神経発達の評価に用いられることもあります。

主な病的反射の種類

いくつかの代表的な病的反射があり、それぞれが特定の神経経路や病変部位に関連しています。

下顎反射（Jaw jerk reflex）

この反射の中枢は脳幹の一部である橋に存在します。検査は、被験者に口を軽く開けてもらい、検者が被験者の下顎に指を当て、その指の上から反射ハンマーで軽く叩くことで行われます。正常ではほとんど誘発されないか、非常に軽微な反応ですが、病的亢進が見られる場合には、下顎がぴくりと動いて口を閉じる反応が顕著に現れます。この亢進は、上位運動ニューロン障害、特に運動ニューロン疾患などにおいて重要な所見となります。

口すぼめ反射（Snout reflex）

この反射は、口輪筋の異常な反応に関連すると考えられています。inputには反射中枢や詳細な検査方法の記載はありませんが、口腔周囲の神経系の異常を示唆する反射の一つとして挙げられます。

ホフマン反射（Hoffmann's reflex）

頚髄の下部（主にC8～T1レベル）に反射中枢があります。被験者の手関節を軽く背屈させた状態で、検者が中指の末節を軽く挟み、母指でその爪の部分を鋭く掌側にはじきます。陽性の場合は、被験者の母指が不随意に内転（親指を他の指に近づける動き）します。これは、上肢の錐体路障害を示唆する所見です。

ワルテンベルク反射（Wartenberg's reflex）

これも上肢に関連する反射で、反射中枢は頚髄のC6～T1レベルに位置します。被験者の前腕を回外（手のひらを上に向ける）させ、手指を軽く曲げた状態にします。検者は、被験者の他の4本指の上に自身の示指と中指を横に置き、その上を反射ハンマーで叩きます。陽性の場合は、被験者の母指が屈曲（曲がる動き）します。正常な成人ではこの反射は誘発されないか、ごく軽微な反応にとどまります。

トレムナー反射（Tromner's reflex）

ホフマン反射やワルテンベルク反射と同様に、反射中枢は頚髄のC6～T1レベルにあります。手関節を軽く背屈させ、手指を軽く曲げた状態で、検者は被験者の中指の末節の掌側を自身の指で強くはじきます。陽性の場合は、被験者の母指が不随意に内転します。ホフマン反射と似た機序で、上肢の錐体路障害を示唆します。

バビンスキー反射（Babinski's reflex）

この反射は下肢に関連し、反射中枢は腰髄から仙髄にかけて（L4～S1レベル）にあります。inputには詳細な検査方法や所見の記載はありませんが、一般的には足底の外側を刺激することで引き起こされる異常な反射として知られています。下肢の錐体路障害の非常に重要な指標とされています。

チャドック反射（Chaddock's reflex）

バビンスキー反射と同様に下肢に関連し、反射中枢は腰髄から仙髄にかけて（L4～S1レベル）にあります。inputには詳細な検査方法や所見の記載はありませんが、バビンスキー反射の類縁反射として、外果（くるぶしの外側）の下あたりを刺激して誘発される異常な反射として知られています。

臨床的意義と関連疾患

病的反射の出現は、しばしば神経疾患の存在を示唆します。特に、筋萎縮性側索硬化症（ALS）のような運動ニューロン疾患や、脳卒中、脊髄損傷、脳腫瘍などによる錐体路障害の診断において、これらの反射の有無や程度は重要な評価項目となります。神経内科医は、これらの反射を含む様々な神経学的検査所見を総合的に評価し、病変の部位や広がり、病態の診断を行います。

正常な深部腱反射が亢進している場合も上位運動ニューロン障害を示唆しますが、病的反射は正常時には全く存在しない（または極めて軽微な）反射が出現するため、異常の検出という点で特に意義があります。

参考文献

* 脊椎脊髄ハンドブック 第2版 ISBN 9784895903578

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