白い手

『白い手』は、椎名誠による日本の私小説で、1989年に発表されました。この作品は、作者が小学生時代を過ごした昭和30年代の千葉県千葉市幕張を舞台に、思春期を迎えた小学校5年生の少年たちの日常を描いています。作品は6つの短編から構成され、主に小学5年生の「ぼく」の視点を通じて、彼らの思いや経験、過ごした時間の中で感じる周囲の大人や友人たちとの関係を描写していきます。

執筆背景として、椎名誠は『岳物語』で成功を収めた後、私小説を手掛けることになり、家庭内での関係を描いた『犬の系譜』で新人賞を受賞するなど、私小説の作家として地位を確立していきました。本作は、椎名が自身の子供時代を振り返りながら展開される、ノスタルジックで温かい物語です。子どもらしい無邪気さや、またその裏にある周囲のしがらみをテーマにし、子どもの目線から大人の世界を観察することで、興味深い視点を提供しています。

物語の冒頭では、小学5年生の主人公が東京から転校してきた松井との友情を深めていく過程が描かれます。松井は授業中にお漏らしをしてしまい、「けつめど」という不名誉なあだ名をつけられる始末ですが、それでも母親の影響で徐々に友達と仲良くなっていきます。物語の中で、主人公は通学路で見かける「白い手」の少女の存在に興味を持ち、その手は主人公たちの好奇心を駆り立てます。

各短編では、松井と「ぼく」の日常生活、さまざまな出来事、例えばある日、松井の家で懐中汁粉を出された瞬間や、みんなで作成した学級新聞の制作活動、その中で表現された松井の心情が巧みに描写されています。

また、主人公は学芸会に関わり、そこで見た教師の涙や仲間たちとの絆を通じて、成長していく姿が表現され、心の中の初恋や、周囲の大人たちの恋愛模様にまで触れられています。

本作のもう一つの重要な要素は、叙述方法の工夫です。作者は言葉遣いや視点を恰も小学5年生の目線で描くため、大人たちの会話に出てくる言葉が、主人公には理解されない形で表現されています。例えば、「カイチューじるこ」という言葉は主人公にとって未知の存在であり、これが彼の成長にとって重要な側面となります。

本作は1990年に映画化もされ、映像でもその世界観が楽しめるようになりました。椎名の筆から生まれた『白い手』は、子どもたちの純粋さや希望を描きつつ、現実の厳しさや人間関係の複雑さも併せ持った物語であり、多くの読者に共感を呼ぶものとなっています。

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