眠れる美女

川端康成『眠れる美女』

『眠れる美女』（ねむれるびじょ）は、川端康成による中編小説であり、全5章で構成されています。この作品は、川端の文学的特徴である「魔界」というテーマを色濃く反映しており、特に後期作品を代表する前衛的な作品として知られています。また、デカダンス文学の傑作としても高く評価されています。

あらすじ

物語の舞台となるのは、有閑老人限定の「秘密くらぶ」という場所です。主人公である江口老人は、その会員となり、海辺の宿で眠らされた若い女性の隣で一晩を過ごします。この特殊な状況下で、老いた男性が若い女性の肉体を仔細に観察し、自身の過去の恋や娘、亡き母への想いを巡らせ、エロティシズムとデカダンスに彩られた内面世界が描かれます。

物語の展開

物語は、江口老人が友人である木賀老人に教えられた宿を訪れる場面から始まります。その宿は、海辺に近い二階建ての建物で、案内役は中年の女性一人だけ。江口老人は、「すでに男でなくなった」と見なされ、「安心できるお客様」として迎えられます。二階の一室には、深紅のビロードのカーテンで覆われた「眠れる美女」がいる寝室があります。

ここでは、眠っている女性に性的な行為をしてはならないという規則があり、会員の老人はただ彼女たちのそばで寝ることで、心の慰めを得るのです。江口老人は性的な機能がまだ衰えていないにもかかわらず、自分自身を「安心できるお客様」だと偽ることができました。

江口老人は、初夜で20歳前後の美しい娘に心を奪われます。彼女が眠っている間、江口老人は彼女を観察したり触れたりしながら、過去の恋人との駆け落ちの思い出に浸ります。その後、江口老人は睡眠薬で眠ります。

次に江口老人が訪れた際、出会ったのは妖艶な魅力を持つ女性でした。江口老人は彼女の処女の証を見て、禁を破ることを思いとどまります。その時、娘の手から椿の花の幻影を見た江口は、娘と旅した椿寺での出来事を思い出します。

三度目に訪れた時、出会ったのは16歳ほどのあどけない少女でした。江口老人は少女と一緒に死んだように眠りたいという誘惑に駆られます。その後も、江口老人はさまざまな「眠れる美女」と出会い、過去の背徳行為や妄念に苛まれていきます。

最後には、複数の女性と添い寝をする中で、江口老人は自分が最初の女性である母親のことを思い出します。そして、眠っている間に黒い肌の娘が亡くなっているという衝撃的な出来事が起こります。宿の女は冷静にそれを処理し、江口老人に別の娘を勧めます。江口老人は、自分の行為が罪深いものであったのか、それとも無力な存在だったのかを自問自答しながら物語は終わります。

登場人物

江口由夫: 67歳の老人。妻と暮らし、3人の娘とその孫がいます。若い頃には恋人がおり、結婚後も不倫関係を持っていました。17歳の時に母親を結核で亡くしています。
宿の女: 40代半ばの中年の女性。落ち着いた物腰で、相手の警戒心を解くような雰囲気を持ちます。
眠れる美女たち: 物語に登場する女性たちは、それぞれ異なる魅力を持っています。初夜は初々しい美しさを持つ娘、二夜目は妖艶な娘、三夜目はあどけない少女など、多彩な女性たちが登場します。
木賀老人: 江口老人に「秘密くらぶ」を紹介した友人。福良専務の突然死について江口老人に教えます。

作品の評価と考察

『眠れる美女』は、川端康成の作品の中でも特異な位置を占める作品です。伝統的な日本の美を追求した作品とは異なり、前衛的で幻想的な作風が特徴です。また、老人の性を描いた作品として、谷崎潤一郎の『瘋癲老人日記』と比較されることもあります。

海外でも高く評価されており、ガルシア・マルケスはこの作品に触発されエッセイや長編小説を執筆しています。

作品の解釈としては、老人の欲望や死への恐怖、過去への執着などがテーマとして挙げられます。また、女性の肉体を崇拝の対象として描くことで、エロティシズムとデカダンスを表現しています。

作品の特徴

前衛的な作風: 伝統的な文学とは異なる、幻想的で実験的な表現が用いられています。
デカダンスの要素: 老いと性、死といった退廃的なテーマが描かれています。
エロティシズム: 女性の肉体を美しく描写することで、官能的な雰囲気を醸し出しています。
心理描写: 主人公の心理的な葛藤や妄想が繊細に描かれています。

作品の背景

この作品の発表当時、川端康成は睡眠薬の服用に依存しており、一時意識不明の状態に陥っています。このことが、作品の独特な雰囲気や、魔界的な世界観に影響を与えているという指摘もあります。

影響

『眠れる美女』は、映画、オペラなど、様々な形でメディアミックスされています。また、多くの作家や評論家に影響を与え、オマージュ作品も生まれています。

まとめ

『眠れる美女』は、川端康成の文学的才能が凝縮された作品です。老い、性、死といった普遍的なテーマを、幻想的で官能的な表現で描き出しています。この作品は、読者に人間の深層心理や、生と死の境界について深く考えさせます。

もう一度検索