矢田事件

矢田事件（やたじけん）

矢田事件は、1969年に大阪市で発生した、同和問題を背景とした暴行監禁事件です。この事件は、共産党員である中学教師が部落解放同盟（以下、解放同盟）から糾弾を受けたことに端を発し、法廷闘争へと発展しました。事件を通じて、「糾弾権」の存否が法廷で争われたことが特筆されます。

事件の背景

事件の背景には、共産党と解放同盟の間の根深い対立がありました。1960年代半ばから燻り続けていた両者の対立関係は、この事件を契機に決定的なものとなりました。矢田事件は、八鹿高校事件など、解放同盟による反対勢力への一連の襲撃事件の先駆けであり、戦後部落解放運動史上、非常に重要な事件として位置づけられています。

事件は、別名「矢田教育事件」とも呼ばれ、解放同盟は「矢田教育差別事件」と呼んでいます。

事件の概要

1969年、大阪市阿倍野区の中学校に勤務していた教諭・木下浄が、大阪市教職員組合の役員選挙に立候補しました。その際、木下が配布した挨拶状と、木下を推薦する人々が作成した推薦状が、解放同盟矢田支部によって差別文書であると糾弾されました。これに対し、木下と関係者は解放同盟の役員らを逮捕監禁・強要未遂罪で告訴。解放同盟側は「糾弾権」の存在を主張し、法廷で争うこととなりました。

裁判の経過

• - 一審（大阪地裁）: 「糾弾権は社会的に認められるべきもの」として、解放同盟側に無罪判決が下されました。
• - 二審（大阪高裁）: 一審判決を覆し、「監禁行為は限度を超えており処罰に値する」として、逆転有罪判決が言い渡されました。
• - 最高裁: 二審判決を支持し、解放同盟側被告らの有罪が確定しました。

事件の経緯

部落解放同盟側の主張

部落解放同盟の立場からは、1960年代後半の大阪市において、被差別部落にある公立学校を避け、越境入学が横行していたことが問題視されました。解放同盟はこれを部落差別の現れとして問題提起し、行政も解消に乗り出しました。しかし、この動きに対し、教師の中には反発も存在しました。そのような状況下で、木下の挨拶状が解放同盟によって差別的であると判断され、糾弾へと至ったとされています。

日本共産党側の主張

一方、日本共産党は、木下の挨拶状や推薦状が解放同盟によって問題視された背景には、共産党員である木下への政治的な意図があったと主張しています。解放同盟が木下の挨拶状を差別文書とみなし、糾弾会を開催したのは、木下が越境入学問題に積極的に取り組まなかったことや、当時先鋭化しつつあった共産党と解放同盟の対立関係が影響していたと指摘しています。

糾弾の激化と監禁事件

解放同盟による糾弾は激化し、木下らは地区集会所に拉致監禁され、長時間にわたる糾弾を受けました。この際、解放同盟員からは脅迫的な言辞も飛び交ったとされています。翌日未明に木下らは解放されましたが、この事件をきっかけに、木下らは解放同盟幹部を刑事告訴するに至りました。

告訴とその後の展開

木下らの告訴を受け、共産党は解放同盟を「暴力集団」と非難し、両者の対立は決定的となりました。その後、木下らの自宅付近には、解放同盟の署名入りで木下らを糾弾するステッカーが貼られるなどの嫌がらせも発生しました。刑事裁判では、一審で解放同盟側に無罪判決が下されましたが、二審で有罪判決に覆り、最高裁で確定しました。また、木下らは大阪市を相手取り、民事訴訟も起こし、最終的に勝訴しています。

事件の影響

矢田事件は、部落解放運動における「糾弾」のあり方や、共産党と解放同盟の関係に大きな影響を与えました。また、この事件をきっかけに、行政も糾弾会のあり方を見直すなど、社会全体に波紋を広げました。

法務省は1989年に「糾弾会は同和問題の啓発に適さない」として、解放同盟の「糾弾権」を否定する通達を出しました。

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