短調による12の練習曲
シャルル＝ヴァランタン・アルカン（1813-1888）が1857年にパリの出版商シモン・リコルから発表した『短調による12の練習曲』（Douze études dans tous les tons mineurs）作品39は、ピアノ独奏のために書かれた一連の練習曲集です。全12曲で構成され、著名な音楽学者であったフランソワ＝ジョゼフ・フェティスに献呈されました。この作品は、先に発表された『長調による12の練習曲』作品35（こちらもフェティスに献呈）と対をなす姉妹作として位置づけられています。
作品39は、そのタイトルが示す通り、全12曲全てが短調で書かれています。楽曲の調性は、第1曲のイ短調から開始し、ニ短調、ト短調…と下降五度圏をたどりながら変化していきます。変ホ短調を経て、嬰ト短調（これは異名同音で変イ短調と同じ調です）を通過し、最終的に第12曲のホ短調で締めくくられます。
この曲集に含まれる各曲には、それぞれ個性的なタイトルが付けられています。
1. イ短調：あたかも風のように (Comme le vent) - 速度指定はプレスティッシマメンテ（極めて速く）。
2. ニ短調：モロッソのリズムで (En rythme molossique) - リゾルート（決然と）。
3. ト短調：悪魔のスケルツォ (Scherzo-diabolico) - プレスティッシモ（非常に速く）。
4. ハ短調：ピアノ独奏による交響曲 第1楽章 (Symphonie pour piano seul) - アレグロ・モデラート。
5. ヘ短調：ピアノ独奏による交響曲 第2楽章 - アンダンティーノ。
6. 変ロ短調：ピアノ独奏による交響曲 第3楽章 - メヌエットのテンポで。
7. 変ホ短調：ピアノ独奏による交響曲 第4楽章 - プレスト（急速に）。
8. 嬰ト短調：ピアノ独奏による協奏曲 第1楽章 (Concerto pour piano seul) - アレグロ・アッサイ（非常に速く）。
9. 嬰ハ短調：ピアノ独奏による協奏曲 第2楽章 - アダージョ（ゆるやかに）。
10. 嬰ヘ短調：ピアノ独奏による協奏曲 第3楽章 - 蛮族風のアレグレット (Allegretto alla barbaresca)。
11. ロ短調：序曲 (Ouverture) - マエストーソ〜ラントマン〜アレグロ。
12. ホ短調：イソップの饗宴 (Le festin d'Ésope) - アレグレット（やや速く）。
これらのタイトルからもわかるように、特に第4番から第7番の「交響曲」、第8番から第10番の「協奏曲」、そして第11番の「序曲」は、単なる練習曲の枠を超えた大規模な楽曲であることが示唆されています。
『長調による12の練習曲』作品35がおよそ1時間程度で演奏されるのに対し、この作品39は全曲の演奏に約2時間を要するという、練習曲集としては異例の巨大な規模を持っています。フランツ・リストの有名な『超絶技巧練習曲』などと比較しても、その演奏時間の長さは際立っています。これはまさに、アルカンが長年培ってきた独自の音楽語法や革新的なピアノ書法の集大成とも位置づけられる作品です。日本のピアニストでアルカン研究者である森下唯氏は、この作品集を「ピアノ表現の極限、そして作曲家自身の音楽表現の限界をも探求した」と評し、単なる技術練習を超え、「技巧そのものが音楽となり、音楽そのものが技巧となる」究極のヴィルトゥオジティ（名技性）を体現しようとしたアルカンの強い意志の表れであると分析しています。
この曲集の大きな特徴の一つは、ピアノ一台でオーケストラを思わせる豊かな響きと大規模な形式を追求している点です。「交響曲」「協奏曲」「序曲」といったタイトルを持つ楽曲群に顕著であり、随所にオーケストラ作品を思わせる指示が見られます。特に『協奏曲』を構成する3曲においては、楽譜上で「ピアノソロ」と「トゥッティ」（管弦楽の総奏に相当）が明確に書き分けられており、あたかも協奏曲のピアノパートとオーケストラパートを一人で弾き分けるような指示が見られます。これは、ピアニストに技術的な困難を課すだけでなく、一人で複数の楽器の響きや役割を表現することを求める、極めて野心的な試みと言えるでしょう。
アルカンの作品全体は、その極めて高度な技術的要求ゆえに演奏機会が限られがちですが、この作品39は彼の代表作の一つとして、比較的演奏される機会が多い部類に入ります。全曲を通して演奏し録音を達成したピアニストとしては、ロナルド・スミス、ジャック・ギボンズ、ミヒャエル・ナナサコフ（自動演奏）、ステファニー・マッカラム、ヴィンチェンツォ・マルテンポ、森下唯などが知られています。また、エゴン・ペトリ、ジョン・オグドン、レイモンド・レーウェンタール、ベルナール・リンガイセン、中村攝、マルカンドレ・アムランといった著名なピアニストたちも、この作品集から一部の楽曲を抜粋して録音を行っています。技術的な挑戦であると同時に、アルカンの独特な音楽世界が凝縮されたこの作品集は、現在も多くのピアニストや音楽愛好家を魅了し続けています。
楽曲構成
作品39は、そのタイトルが示す通り、全12曲全てが短調で書かれています。楽曲の調性は、第1曲のイ短調から開始し、ニ短調、ト短調…と下降五度圏をたどりながら変化していきます。変ホ短調を経て、嬰ト短調（これは異名同音で変イ短調と同じ調です）を通過し、最終的に第12曲のホ短調で締めくくられます。
各曲のタイトルと特徴
この曲集に含まれる各曲には、それぞれ個性的なタイトルが付けられています。
1. イ短調：あたかも風のように (Comme le vent) - 速度指定はプレスティッシマメンテ（極めて速く）。
2. ニ短調：モロッソのリズムで (En rythme molossique) - リゾルート（決然と）。
3. ト短調：悪魔のスケルツォ (Scherzo-diabolico) - プレスティッシモ（非常に速く）。
4. ハ短調：ピアノ独奏による交響曲 第1楽章 (Symphonie pour piano seul) - アレグロ・モデラート。
5. ヘ短調：ピアノ独奏による交響曲 第2楽章 - アンダンティーノ。
6. 変ロ短調：ピアノ独奏による交響曲 第3楽章 - メヌエットのテンポで。
7. 変ホ短調：ピアノ独奏による交響曲 第4楽章 - プレスト（急速に）。
8. 嬰ト短調：ピアノ独奏による協奏曲 第1楽章 (Concerto pour piano seul) - アレグロ・アッサイ（非常に速く）。
9. 嬰ハ短調：ピアノ独奏による協奏曲 第2楽章 - アダージョ（ゆるやかに）。
10. 嬰ヘ短調：ピアノ独奏による協奏曲 第3楽章 - 蛮族風のアレグレット (Allegretto alla barbaresca)。
11. ロ短調：序曲 (Ouverture) - マエストーソ〜ラントマン〜アレグロ。
12. ホ短調：イソップの饗宴 (Le festin d'Ésope) - アレグレット（やや速く）。
これらのタイトルからもわかるように、特に第4番から第7番の「交響曲」、第8番から第10番の「協奏曲」、そして第11番の「序曲」は、単なる練習曲の枠を超えた大規模な楽曲であることが示唆されています。
作品の規模と特徴
『長調による12の練習曲』作品35がおよそ1時間程度で演奏されるのに対し、この作品39は全曲の演奏に約2時間を要するという、練習曲集としては異例の巨大な規模を持っています。フランツ・リストの有名な『超絶技巧練習曲』などと比較しても、その演奏時間の長さは際立っています。これはまさに、アルカンが長年培ってきた独自の音楽語法や革新的なピアノ書法の集大成とも位置づけられる作品です。日本のピアニストでアルカン研究者である森下唯氏は、この作品集を「ピアノ表現の極限、そして作曲家自身の音楽表現の限界をも探求した」と評し、単なる技術練習を超え、「技巧そのものが音楽となり、音楽そのものが技巧となる」究極のヴィルトゥオジティ（名技性）を体現しようとしたアルカンの強い意志の表れであると分析しています。
この曲集の大きな特徴の一つは、ピアノ一台でオーケストラを思わせる豊かな響きと大規模な形式を追求している点です。「交響曲」「協奏曲」「序曲」といったタイトルを持つ楽曲群に顕著であり、随所にオーケストラ作品を思わせる指示が見られます。特に『協奏曲』を構成する3曲においては、楽譜上で「ピアノソロ」と「トゥッティ」（管弦楽の総奏に相当）が明確に書き分けられており、あたかも協奏曲のピアノパートとオーケストラパートを一人で弾き分けるような指示が見られます。これは、ピアニストに技術的な困難を課すだけでなく、一人で複数の楽器の響きや役割を表現することを求める、極めて野心的な試みと言えるでしょう。
演奏と受容
アルカンの作品全体は、その極めて高度な技術的要求ゆえに演奏機会が限られがちですが、この作品39は彼の代表作の一つとして、比較的演奏される機会が多い部類に入ります。全曲を通して演奏し録音を達成したピアニストとしては、ロナルド・スミス、ジャック・ギボンズ、ミヒャエル・ナナサコフ（自動演奏）、ステファニー・マッカラム、ヴィンチェンツォ・マルテンポ、森下唯などが知られています。また、エゴン・ペトリ、ジョン・オグドン、レイモンド・レーウェンタール、ベルナール・リンガイセン、中村攝、マルカンドレ・アムランといった著名なピアニストたちも、この作品集から一部の楽曲を抜粋して録音を行っています。技術的な挑戦であると同時に、アルカンの独特な音楽世界が凝縮されたこの作品集は、現在も多くのピアニストや音楽愛好家を魅了し続けています。
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