石和事件

石和事件（いさわじけん）

石和事件は、1953年（昭和28年）2月6日に山梨県東八代郡石和町（現在の笛吹市）で発生した痛ましい出来事を発端とし、それに続いて引き起こされた冤罪事件です。この事件では、一人の高齢男性が極度に衰弱した状態で遺棄され死亡し、その責任を問われて親族の一人が逮捕・起訴されましたが、裁判を経て無罪が確定しました。

事件の発生と被害者の発見

1953年2月6日の夕方、石和町に住む男性A氏の自宅に、彼の従甥にあたる当時25歳のB氏が訪れました。B氏は、自転車の荷台にひどく衰弱した高齢の男性を乗せており、その男性をA氏宅に置くと、そのまま立ち去ってしまいました。置き去りにされた男性は、A氏の実弟であるC氏（当時65歳）でした。C氏は知的障害を抱えており、発見された時点では見るも無残な状態でした。極度の栄養失調に陥っており、全身には無数の擦り傷があり、特に右足の傷は甚だしく、親指の骨が露出しているほどでした。これは、B氏がC氏を運ぶ際に地面に引きずってしまったためと考えられました。A氏とその家族はC氏を懸命に看病しましたが、残念ながらC氏は翌朝までに息を引き取りました。

捜査と二転三転する状況

事件を受けて山梨県警察による捜査が開始されました。当初、警察はB氏から事情聴取を行いました。B氏は、数年前から自身の農場でC氏を作男として手伝わせ、納屋に寝泊まりさせていたことを認めました。しかし、1月末頃からC氏の体調が悪化し始めたため、A氏宅へ遺棄したと供述しました。さらに、C氏を自転車で運ぶ最中に、通行人からC氏の足が地面に擦れていることを注意されたにもかかわらず、それを無視したことも認めました。ところが、B氏はほどなくして釈放されました。

一方、同時期に警察の取り調べを受けていたA氏が、C氏の額を煙管（きせる）で数回強く殴り、それが原因でC氏が脳震盪を起こし死亡した、と自供しました。この自供に基づき、A氏は傷害致死の容疑で起訴される事態となりました。

裁判の経緯と無罪の確定

A氏の裁判は甲府地方裁判所刑事第一部で始まりました。一審においてA氏は、警察での自供は真実ではないとして撤回しました。弁護側は、東京大学法医学教室の上野正吉教授に遺体の再鑑定を依頼しました。その結果、遺体の傷は煙管で殴られたことによるものではないと結論づけられました。しかし、1955年12月2日、小田切幸次郎裁判長は判決を言い渡しました。裁判長は、傷害致死罪は成立しないと判断しつつも、「自供からA氏がC氏を殴ったことは明らかである」として、暴行罪の成立を認め、A氏に懲役2ヶ月、執行猶予1年の有罪判決を言い渡しました。

A氏側はただちにこの判決を不服として控訴しました。控訴審は東京高等裁判所刑事第八部で行われました。1956年11月6日、谷中薫裁判長は控訴審判決を言い渡しました。裁判所は、A氏を有罪とするには証拠が不十分であると判断し、一審判決を破棄してA氏に無罪を言い渡しました。検察側はこの判決に対して最高裁への上告を行わなかったため、A氏の無罪が確定しました。

この事件は、被害者が凄惨な状況で死亡した保護責任者遺棄致死事件という側面を持ちながら、被疑者として逮捕・起訴された人物が最終的に無罪となった冤罪事件としても記憶されています。A氏の弁護は、後に多くの冤罪事件で弁護人を務めた著名な弁護士、正木ひろし氏が担当しました。

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