石投げ甚句

石投げ甚句とは

「石投げ甚句」、または「石投甚句」（いしなげじんく）は、日本の宮城県南部、具体的には亘理（わたり）郡や伊具（いぐ）郡といった太平洋沿岸地域に古くから伝わる民謡です。この歌は、海と共に暮らす人々、特に漁師たちの間で大切に歌い継がれてきました。彼らの宴席で場を盛り上げる歌として親しまれ、数ある「浜甚句」の一つに位置づけられています。

由来と名称

この甚句は、もともと漁船の上で歌われていた舟唄に源流を持つと伝えられています。その独特な名前である「石投げ甚句」の由来については諸説ありますが、最も広く知られているのは、歌に合わせて石を投げるような、あるいは網を打つ動作にも似た力強い身振り手振りを伴って歌われたことから、その名がついたという説です。また、地域や伝承によっては「笠浜甚句」（かさはまじんく）や「帆走り甚句」（ほばしりじんく）といった別名で呼ばれることもあります。

関連する民謡

石投げ甚句には、同じ系統に属するとされる類似の民謡が存在します。例えば「遠島（としま）甚句」は、石投げ甚句と同系の曲として挙げられます。さらに、後に作られ、広く知られるようになった「新相馬節」（しんそうまぶし）にも、石投げ甚句の持つ趣向や節回しの一部が取り入れられたことが知られており、民謡の系譜の中で互いに影響を与え合ってきた様子がうかがえます。

歌詞に込められた世界と文化的背景

石投げ甚句の歌詞は、宮城県の民謡として親しまれ、海辺に暮らす人々の日常や漁の情景、そして歌を通じた人々の交流を描いています。代表的な歌詞は、朝日に照らされる船出の様子や飛び交うカモメの賑わい、そして朝の艪の音で目覚める千鳥など、臨場感あふれる漁村の一日を描写することから始まります。

この歌に込められた最も重要な願いの一つが、大漁祈願です。「さぁさ歌えや 石投甚句 いつも大漁が 続く様（よ）に」という一節は、歌うこと自体が海の恵みへの感謝と豊漁を願う切実な祈りであることを示しています。漁師の厳しい労働生活と、それに対する希望が歌に込められているのです。

歌詞はさらに、浜辺での出会いや、宴席での盛り上がりへと展開します。「さぁさかっぽり出せ 五尺の袖を ここで振らねで どこで振る」といった陽気な掛け声は、皆で歌い踊り、日頃の疲れを忘れて楽しもうという誘いです。歌を通じた掛け合いや、相手からの歌での返事を求めるやり取りも描かれ、人々が歌によって心を通わせる様子が伝わってきます。「浜はよい処 一度（いちど）はござれ 魚食（か）食（く）せ 面倒（めんどう）みる」という一節は、訪れる人々を歓迎し、海の幸を振る舞う漁師町ならではの温かい心意気を表しています。

これらの歌詞全体を通じて、石投げ甚句は、漁師の労働の厳しさ、それを支える共同体の絆、そして宴席での解放感や人情の機微を巧みに表現しています。これは、宮城県南部の沿岸地域における人々の暮らしや文化が色濃く反映されたものであり、単なる労働歌や祝い歌にとどまらない、生活そのものに根差した魂の歌と言えるでしょう。

石投げ甚句は、宮城県南部の漁業地域にとって、共同体の結束を強め、労働の疲れを癒し、そして何よりも大漁と安全を願うための重要な文化的要素です。現代においても、地域の伝統文化として大切に歌い継がれており、祭りや行事などで披露されることで、次の世代へと地域のアイデンティティや歴史が伝えられています。代表的な歌詞の一部を抜粋した短縮版も存在しますが、いずれの形式も、この歌に込められた大漁への祈り、海への感謝、そして歌が人々を結びつける力という本質は変わりません。石投げ甚句は、宮城県南部沿岸部の豊かな自然と人々の心意気を映し出す、力強く温かい民謡として愛され続けています。

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