破体

破体（はたい）、破体書（はたいしょ）

「破体（はたい）」あるいは「破体書（はたいしょ）」とは、書道における独自の技法の一つを指します。この技法の最大の特徴は、一枚の作品の中で、異なる二種類以上の書体を組み合わせて完成させる点にあります。単一の書体で統一された作品とは異なり、多様な書体が織りなす視覚的な変化やリズムによって、新たな表現を生み出すことを目指します。英語では「HATAI」と表記されます。

技法の概要と組み合わせる書体

書道には、誰もが学ぶ楷書をはじめ、流れるような行書、崩しが特徴の草書など、様々な書体が存在します。これに加え、中国で古くから発達した書体として、青銅器に刻まれた金文、秦代に公式書体となった隷書、さらに古い時代の篆書や、甲骨文字である契文などがあります。また、日本独自の書体として、片仮名、平仮名、そして現在ではあまり使われなくなった変体仮名といった仮名も存在します。

破体では、これらの多岐にわたる書体の中から、意図的に複数を選び出し、一つの作品の中に混在させます。例えば、同じ単語や文章の中で書体を切り替えたり、作品全体を通して異なる書体の要素を並置したりすることで、予測不能でダイナミックな視覚効果を生み出します。これは単なる寄せ集めではなく、それぞれの書体が持つ独特の雰囲気や構造を理解した上で、全体の調和やメッセージ性を高めるために行われる、高度な芸術的判断が求められる技法です。

歴史と代表的な作品

破体の歴史は古く、中国の中唐時代にまで遡ります。特に、唐代の大書家、顔真卿が手がけた『裴将軍詩碑（はいしょうぐんしひ）』は、初期の破体書として極めて著名な例です。この石碑の文章には、楷書、行書、草書という異なる書体が巧みに織り交ぜて書かれており、破体の原型ともいうべき表現が見られます。

破体の技法は、中国の盛唐期や、日本の平安中期にも優れた作品が生み出されるなど、一時的な隆盛を見せました。しかし、その後は残念ながら、この独特な表現技法が積極的に用いられることのない、長い空白の期間が存在しました。

日本においては、かなり古い時代から破体の試みが見られます。飛鳥時代にあたる西暦606年頃に、聖徳太子が著したとされる『法華義疏（ほっけぎしょ）』は、楷書、行書、草書を用いて書かれており、日本における破体作品の初期の例として貴重です。また、平安時代には、書の三筆として知られる空海が書いた『益田池碑（ますだいけひ）』が、金文、隷書、草書を組み合わせた破体作品として挙げられます。さらに、同じく三筆の一人である小野道風の『玉泉帖（ぎょくせんじょう）』も、楷書、行書、草書の破体で書かれています。

近代における復興と発展

近代において、この忘れられかけていた破体という技法を再び探求し、現代に甦らせた人物として、昭和時代の書家、松本筑峯（まつもと ちくほう）が挙げられます。松本氏は、顔真卿の『裴将軍詩碑』に見られる破体の造形美に深く魅せられ、その技法と可能性を徹底的に探究しました。

松本筑峯氏が確立した破体の書法は、漢字の持つ力強い「方勢（ほうせい）」（主に隷書に見られる直線的で骨格のある勢い）と、流麗な「円勢（えんせい）」（金文、篆書、草書などに見られる曲線的で柔らかな勢い）を一つの作品の中で組み合わせることを特徴とします。そして、彼の破体作品において、非常に重要な要素となっているのが金文の使用です。

松本氏の破体作品には必ずと言って良いほど金文が取り入れられています。これは、中国周時代に用いられた金文が、漢字の書体の中でも特に根源的で、原始的な力強さと豊かな造形を持っていると考えたからです。金文を核として、方勢と円勢を持つ他の書体と組み合わせることで、より深遠でイメージ豊かな表現が可能になると松本氏は探求しました。

破体の今日的な意義

破体は、単に複数の書体を並べるだけでなく、それぞれの書体が持つ歴史や特性、そして文字自体の形が内包する意味やエネルギーを理解し、それらを一つの画面の中で有機的に結びつける試みです。これにより、作品は一層の奥行きと複雑さを持ち、見る者に多様な解釈や感動を与えます。特に松本筑峯氏によって復興され、金文と方勢・円勢の組み合わせという明確な手法が確立されたことで、破体は現代書道における重要な表現領域の一つとなりました。伝統的な書体の枠を超え、書の新たな可能性を追求する技法として、破体は今後も多様な書表現に活かされていくことでしょう。

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