神の軍隊
ミャンマーにおける、キリスト教徒が多いカレン族の反政府武装組織の一つに「神の軍隊」（ビルマ語: ဘုရားသခင်၏ တပ်မတော်、英語: God's Army）がある。1997年の結成当時、まだ10歳前後であったとされる双子の兄弟、ジョニー・トゥーとルーサー・トゥーが指導者とされた、極めて異例な組織である。長年ビルマ中央政府と対立してきた主要組織、カレン民族同盟（KNU）とその軍事部門であるカレン民族解放軍（KNLA）から枝分かれして生まれたこの武装勢力は、主にミャンマーとタイの国境地帯を活動の拠点とし、1999年の在バンコクミャンマー大使館占拠事件をはじめとするいくつかのゲリラ作戦で知られることとなった。
神の軍隊が設立されたのは、ミャンマー東部のカレン族が多く暮らす地域においてである。当時、KNUをはじめとするカレン族系の諸組織は、すでに半世紀以上にわたりミャンマー中央政府との間で武力衝突を繰り返していた。特に1990年代初頭、ミャンマー軍はこの地域に石油パイプラインのルートを確保するため、大規模な軍事作戦を展開していた。このような背景の中、1997年にジョニーとルーサー・トゥーによって神の軍隊は結成された。彼らの支持者の中には、この双子が精霊信仰とキリスト教、双方の力を併せ持つと信じる人々がいた。支持者たちの語るところによれば、キリスト教信仰と民族自治を求めるカレン族を弾圧するミャンマー当局の攻撃から村を守った、並外れた存在であったという。中央政府軍が村々を破壊し、反抗するカレン族の兵士を殺害し、多数の女性を強姦し、数千人の難民を生み出す中で、双子は「神の軍隊！」と叫んで政府軍に立ち向かい、自らの部隊を勝利に導いたと伝えられている。こうした「神の軍隊」に関する逸話や伝説は、既存の反政府勢力であるKNUを腐敗し、無力であるとみなしていた人々に広く受け入れられ、特に戦争で親を失った子どもたちを中心に、新たな武装勢力が形成されていった。組織の構成員の中には、自らを「Jesus Warriors」や「Jesus Commandos」と呼ぶ者もいた。一方で、KNUのパドゥ・クウェ・フトゥ・ウィンは、この組織を「カセードーの神の軍隊」と呼称していた。
神の軍隊は、ミャンマーとタイの国境沿いにある山岳部の、深い密林地帯を主な拠点としていた。組織は禁欲的な生活規範を持つキリスト教系のゲリラであり、性交や飲酒のほか、牛乳、卵、豚肉といった特定の食物を摂取することが禁じられていた。組織の戦闘員は、1998年時点では約500人規模であったとみられているが、2000年初頭までには100人から200人程度まで減少した。この減少の背景には、多くの構成員が難民となった家族を支えるために組織を離れたことや、個人的な事情による離脱があった。また、当時この地域には21,000人ものミャンマー政府軍兵士が駐屯しており、組織は常に強い軍事的圧力に晒されていた。神の軍隊の活動の中でも特に知られるのは、タイ国内での事件である。1999年10月には、「ビルマ学生壮士会」を名乗るグループと共に、バンコクにあるミャンマー大使館を占拠する事件を起こした。この事件は、人質の安全と引き換えにタイ政府がグループのメンバーをミャンマー国内の拠点に脱出させたことで解決したが、ミャンマー政府からは「純粋なテロ行為」として強く非難された。さらに、2000年1月24日には、タイのラーチャブリーにある病院を占拠するという事件も発生させた。組織のメンバーは、約300人の患者と病院職員を人質に取り、タイ軍による国境地帯でのカレン族武装勢力への攻撃停止と、負傷者の治療を要求した。彼らは病院内にブービートラップを仕掛け、病院を爆破すると脅迫したが、タイ当局は翌25日に国際テロ対策部隊を投入して強行突入し、犯行グループの戦闘員10人全員を射殺する結果となった。
これらの事件を経て、神の軍隊の活動は次第に終息に向かった。2001年1月、指導者であるトゥー兄弟を含む14人の構成員がタイ政府に投降した。彼らはその後、タイ国内のミャンマー難民キャンプで生活を送ることになった。しかし、その後の二人の道のりは分かれた。ジョニー・トゥーは2006年7月、8人の構成員と共にミャンマー政府軍に対する降伏を宣言した。双子の家族はニュージーランドへ移民したが、ジョニー自身は難民キャンプに戻った後、タイの村落に移り住んだとされる。一方、ルーサー・トゥーは2009年にスウェーデンへ移民し、ヴェストラ・イェータランド県のヨーテーネで生活を送った。彼は地元のコミュニティセンターで働き、スウェーデンでカレン難民の女性と結婚したが、後に離婚し、ミャンマーへ帰国した。そして2021年、ルーサーは再び神の軍隊の再結成を試み、アウンアウンチョー率いる全ビルマ独立軍（All Burma Independence Army）に加わったと報じられている。
神の軍隊が設立されたのは、ミャンマー東部のカレン族が多く暮らす地域においてである。当時、KNUをはじめとするカレン族系の諸組織は、すでに半世紀以上にわたりミャンマー中央政府との間で武力衝突を繰り返していた。特に1990年代初頭、ミャンマー軍はこの地域に石油パイプラインのルートを確保するため、大規模な軍事作戦を展開していた。このような背景の中、1997年にジョニーとルーサー・トゥーによって神の軍隊は結成された。彼らの支持者の中には、この双子が精霊信仰とキリスト教、双方の力を併せ持つと信じる人々がいた。支持者たちの語るところによれば、キリスト教信仰と民族自治を求めるカレン族を弾圧するミャンマー当局の攻撃から村を守った、並外れた存在であったという。中央政府軍が村々を破壊し、反抗するカレン族の兵士を殺害し、多数の女性を強姦し、数千人の難民を生み出す中で、双子は「神の軍隊！」と叫んで政府軍に立ち向かい、自らの部隊を勝利に導いたと伝えられている。こうした「神の軍隊」に関する逸話や伝説は、既存の反政府勢力であるKNUを腐敗し、無力であるとみなしていた人々に広く受け入れられ、特に戦争で親を失った子どもたちを中心に、新たな武装勢力が形成されていった。組織の構成員の中には、自らを「Jesus Warriors」や「Jesus Commandos」と呼ぶ者もいた。一方で、KNUのパドゥ・クウェ・フトゥ・ウィンは、この組織を「カセードーの神の軍隊」と呼称していた。
神の軍隊は、ミャンマーとタイの国境沿いにある山岳部の、深い密林地帯を主な拠点としていた。組織は禁欲的な生活規範を持つキリスト教系のゲリラであり、性交や飲酒のほか、牛乳、卵、豚肉といった特定の食物を摂取することが禁じられていた。組織の戦闘員は、1998年時点では約500人規模であったとみられているが、2000年初頭までには100人から200人程度まで減少した。この減少の背景には、多くの構成員が難民となった家族を支えるために組織を離れたことや、個人的な事情による離脱があった。また、当時この地域には21,000人ものミャンマー政府軍兵士が駐屯しており、組織は常に強い軍事的圧力に晒されていた。神の軍隊の活動の中でも特に知られるのは、タイ国内での事件である。1999年10月には、「ビルマ学生壮士会」を名乗るグループと共に、バンコクにあるミャンマー大使館を占拠する事件を起こした。この事件は、人質の安全と引き換えにタイ政府がグループのメンバーをミャンマー国内の拠点に脱出させたことで解決したが、ミャンマー政府からは「純粋なテロ行為」として強く非難された。さらに、2000年1月24日には、タイのラーチャブリーにある病院を占拠するという事件も発生させた。組織のメンバーは、約300人の患者と病院職員を人質に取り、タイ軍による国境地帯でのカレン族武装勢力への攻撃停止と、負傷者の治療を要求した。彼らは病院内にブービートラップを仕掛け、病院を爆破すると脅迫したが、タイ当局は翌25日に国際テロ対策部隊を投入して強行突入し、犯行グループの戦闘員10人全員を射殺する結果となった。
これらの事件を経て、神の軍隊の活動は次第に終息に向かった。2001年1月、指導者であるトゥー兄弟を含む14人の構成員がタイ政府に投降した。彼らはその後、タイ国内のミャンマー難民キャンプで生活を送ることになった。しかし、その後の二人の道のりは分かれた。ジョニー・トゥーは2006年7月、8人の構成員と共にミャンマー政府軍に対する降伏を宣言した。双子の家族はニュージーランドへ移民したが、ジョニー自身は難民キャンプに戻った後、タイの村落に移り住んだとされる。一方、ルーサー・トゥーは2009年にスウェーデンへ移民し、ヴェストラ・イェータランド県のヨーテーネで生活を送った。彼は地元のコミュニティセンターで働き、スウェーデンでカレン難民の女性と結婚したが、後に離婚し、ミャンマーへ帰国した。そして2021年、ルーサーは再び神の軍隊の再結成を試み、アウンアウンチョー率いる全ビルマ独立軍（All Burma Independence Army）に加わったと報じられている。
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