神の鉄槌

神の鉄槌

アーサー・C・クラークのSF小説『神の鉄槌』は、西暦2109年を舞台に、小惑星衝突の危機に直面した人類の奮闘を描いた作品です。この物語は、科学技術と宗教観、そして人類の未来が交錯する壮大なスケールで展開されます。

あらすじ

物語は、火星に住むアマチュア天文家が、地球に衝突する軌道を持つ小惑星を発見するところから始まります。この小惑星は「カーリー」と名付けられ、8ヶ月後には地球に衝突する可能性が高いと判明しました。地球は未曾有の危機に陥り、宇宙船ゴライアス号の船長ロバート・シンは、カーリーの軌道を逸らすための「アトラス」作戦の指揮を執ることになります。

一方、地球では「神の声を受け取った」と主張する新興宗教団体クリスラム教が、カーリーの衝突を前に、仮想現実技術を使って信者たちをシリウスに送信し、永遠の命を得られると説いていました。この教団の存在は、物語に宗教的な要素を加え、単なる科学的な危機だけでなく、人類の精神的な側面にも焦点を当てています。

ゴライアス号はカーリーとのランデブーに成功し、マスドライバー「アトラス」を設置しますが、クリスラム教の妨害により、アトラスの推進タンクは破壊されてしまいます。絶望的な状況の中、ゴライアス号のコンピュータであるデイヴィットが、ゴライアス号の推進力を利用してカーリーの軌道を変えるという提案をします。当初は作戦が成功しているかに見えましたが、太陽への接近によりカーリーが彗星のように尾を噴出し始め、軌道変更は困難になります。地球は、ゴライアス号のクルーが脱出できるという前提で、カーリーを破壊するための核爆弾の使用について全地球市民投票を実施します。

しかし、カーリー上のゴライアス号は地盤沈下により損傷し、脱出に必要な燃料も失ってしまいます。最終的に、世界評議会とゴライアス号の合意により、爆弾が発射されます。クルーたちは最期の瞬間を覚悟しますが、爆弾は原因不明の不発に終わります。その結果、カーリーは二つに分裂し、軌道が逸れるという奇跡的な展開を迎えます。カーリー1は地球から大きくそれ、クルーたちは救助を待つことになります。カーリー2は地球をかすめ、甚大な被害をもたらしますが、人類は小惑星衝突の危機を乗り越えることができました。

設定

カーリー: ヒンドゥー教の死と破壊の女神カーリーにちなんで名付けられた質量10億トンの小惑星。
ブレインマン: スカルキャップ型の仮想現実装置で、情報アクセスや記憶の再現が可能。多くの人に普及しているが、使用には坊主頭にする必要がある。
クリスラム教: キリスト教とイスラム教の要素を併せ持つ新興宗教。最盛期には1億人以上の信者がいた。宗教儀式にブレインマンを用いる。
エクスカリバー: かつて運用された宇宙探査機。元はミサイル防衛用攻撃衛星で、後にマイクロ波照射機として再設計された。太陽系内の小天体の軌道解析に使用された。

作品の背景

この小説は、1992年に雑誌『タイム』に掲載された同名の短編小説を元にしています。短編版は、映画『ディープ・インパクト』の設定の一部として使用されていますが、ストーリーは大きく異なります。また、作中には、1992年に近日点を通過したスイフト・タットル彗星が言及されており、現実の天文現象が物語に影響を与えています。

日本語訳

アーサー・C・クラーク『神の鉄槌』 小隅黎、岡田 靖史訳 早川書房〈海外SFノヴェルズ〉1995年
アーサー・C・クラーク『神の鉄槌』 小隅黎、岡田 靖史訳 早川書房〈ハヤカワ文庫SF〉1998年

関連項目

* スイフト・タットル彗星: 地球への衝突の可能性が示唆されている実在の彗星。物語に影響を与えている。

『神の鉄槌』は、小惑星衝突という危機的状況の中で、科学技術、宗教、人間の勇気と決断を描いた、壮大なSF作品です。クラークらしい科学的な正確さと、人類の未来への深い洞察が込められています。

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