神奈川台場

江戸時代末期、日本が開国へと向かう激動の時代において、海防の必要性が高まる中、現在の横浜市神奈川区に位置する神奈川台場は築かれました。この台場は、幕臣として活躍した勝海舟が設計に携わり、伊予松山藩によって建造された神奈川湊の重要な防衛拠点でした。

構造と特徴

神奈川台場は、海岸線から東京湾へと突き出す形で築造された約2万6000平方メートルに及ぶ大規模な埋立地です。埋立に用いられた土砂は、近隣の権現山（現在の横浜市立幸ヶ谷小学校の敷地付近）から運ばれました。その構造上の大きな特徴は、他の多くの台場には見られない、船舶が出入りできる船溜まりを備えていた点です。また、その独特な平面形状は、欧州の築城技術を取り入れたとされる星形をしており、上空から見ると羽を広げたコウモリのように見えることから、「コウモリ台場」という通称でも呼ばれました。このような星形の台場は、北海道函館市の五稜郭など国内でも非常に例が少なく、歴史的にも極めて貴重な遺構とされています。

役割とその後

完成した神奈川台場には砲台が設置されましたが、実際に敵船に対して使用されることはありませんでした。むしろ、開港後の横浜港に入港する諸外国の艦船や高官を歓迎する際に、祝砲を放つ場所として利用されたといわれています。明治維新後、海防体制の変化に伴いその役割を終えた台場は1899年に廃止され、敷地は時代と共に様々な用途に転用されていきました。現在では、JR貨物の東高島駅の敷地の一部として利用されるなど、かつての面影は大きく変化しています。

歴史的経緯

神奈川台場の築造計画は、安政の大地震（1855年）を経て海防強化の機運が高まる中で具体化しました。1857年4月、江戸幕府は伊予松山藩に対し、神奈川宿周辺の警備を命じ、これを受けて台場の築造が進められます。勝海舟の設計に基づき、1859年5月には詳細な仕様書と費用内訳書が作成され、同年7月に工事が着工されました。現場の総指揮は、幕末から明治にかけて活躍した志士、平野弥十郎が務めました。

竣工時期については、旧暦と新暦の換算により複数の記述が存在します。一般的には1860年6月（旧暦）に完成したとされますが、伊予松山藩主・松平勝成が万延元年6月19日（新暦1860年 8月5日）に完成した台場を視察した記録を根拠に、新暦8月上旬完成とする説も有力です。

完成後、伊予松山藩が警備にあたっていましたが、1866年7月に免除され、翌年1月からは古河藩が引き継ぎました。明治維新後の1868年4月には明治新政府に引き渡され、その後は東海鎮守府、横須賀鎮守府の管轄を経て、1899年2月に正式に廃止となりました。大正期に入った1921年頃からは、台場周辺の海域の埋め立てが始まり、台場の地形も徐々に失われていきました。

現在の状況と遺構

長年の敷地利用や周辺の埋立によって、神奈川台場は往時の姿をほとんどとどめていませんが、現在もその一部の遺構を確認することができます。横浜市が設定する散策コース「わが町かながわとっておき」の「歴史の道・ポートサイド地区」にある「神奈川台場跡」の案内板付近では、台場を構成していた石垣の一部を見ることが可能です。また、かつて船溜まりがあった場所は「神奈川台場公園」として整備されており、船溜まりの石積みが復元され、台場に関する説明板が設置されています。さらに、神奈川地区センターには、当時の横浜宿周辺と神奈川台場の姿を再現したジオラマが展示されており、台場の全体像を視覚的に理解することができます。

横浜開港150周年を迎えた2009年には、コットンハーバー地区の「星野町公園」において、公園内から台場の遺構である石垣が見えるように整備が行われました。この公園からは、公園のすぐ隣に位置する横浜市中央卸売市場本場内まで続く、台場の先端部分を含む比較的広範囲の遺構を確認することができます。また、同地区に建設された賃貸マンション「コットンハーバーヒストリアレジデンス海舟」では、建設工事中に地下から台場の遺構が発見され、マンション1階に「神奈川台場資料室」が開設され、発見された遺構や関連資料が展示されていました。

保全活動

神奈川台場の歴史的価値を後世に伝えるため、また残された遺構を保護するための活動も行われています。公益社団法人「神奈川台場地域活性化推進協会」は、地域の活性化と合わせて台場の保全に取り組み、2018年には、台場の歴史を子どもたちにも理解しやすいように解説した冊子『神奈川台場物語』を発行しました。この冊子は、2018年から2020年にかけて、横浜市内の小学6年生約3300人に対し無償で配布されるなど、教育普及活動を通じて台場への関心を高める努力が続けられています。

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