神秘劇

中世ヨーロッパの宗教劇：神秘劇（聖史劇）

中世ヨーロッパ、特に15世紀のフランスで盛んに行われた宗教劇、神秘劇（または聖史劇）は、旧約[[聖書]]と新約[[聖書]]を題材に、イエス・[[キリスト]]の誕生から受難、復活までの物語を演じた劇です。 ラテン語で書かれた聖書を、当時の人々が理解しやすい各地域の言葉を用いて、視覚的な演出と組み合わせて表現することで、人々に聖書の物語を深く理解させ、信仰を育む役割を果たしました。教会堂のステンドグラスや彫像だけでは表現しきれない、生き生きとした人物像を描き出すことで、神秘劇は中世の人々の精神世界に深く根付いていきました。

神秘劇の歴史と発展

神秘劇の起源は、典礼文のテキストを装飾した簡単なトロープスにまで遡ります。徐々に洗練され、典礼劇へと発展していきました。典礼劇の中でも有名なのは、『だれを探しているのか（クエム・クエリティス）』。キリストの墓の前でキリストを探し求めるマリアと天使のやり取りを描いた、典礼の台詞を劇化したものです。

当初はラテン語で演じられていましたが、次第に各地域の言葉で上演されるようになり、聖堂前の広場など、多くの人々が集まる場所で数日にわたって演じられる大規模なイベントへと発展していきました。地元住民も参加するようになり、宗教劇は人々の生活に密着したものとなりました。

1210年には法王が聖職者による公衆面前での上演を禁じましたが、その役割は町のギルドが引き継ぎました。ラテン語は各地域の言葉に置き換えられ、聖書の一節だけでなく、滑稽な場面も加えられ、演技や性格付けも洗練されていきました。

ギルドと神秘劇

イングランドのヨーク、ウェイクフィールド、コヴェントリー、チェスターなどの大都市では、それぞれの土地に独自の神秘劇が発展しました。特にヨーク、ウェイクフィールド、ルーダス＝コヴェントリー、チェスターの4つのサイクルは、ほぼ完全な形で残っており、聖書に基づいた物語を網羅しています。これらのサイクルは、町のギルドが後援し、特定の聖書の一節に関連するギルドが担当するなど、地域社会と密接な関係がありました。しかし、すべての神秘劇がギルドと提携していたわけではなく、例えばルーダス＝コヴェントリー・サイクルにはそのような証拠は見当たりません。

これらの劇は、天地創造から最後の審判まで、キリスト教暦の主要な出来事を網羅した連作劇へと発展し、聖体祭（Corpus Christi）などの祝祭日に合わせて上演されることもありました。派手な山車（パジェント）の上で演じられ、町中を移動しながら上演されることもあったため、多くの人々が神秘劇に触れる機会がありました。

イギリスの神秘劇：代表的なサイクル

イギリスに残る4つの主要な神秘劇サイクルにはそれぞれ特徴があります。

ヨーク・サイクル: 48のパジェントからなる、最も完全な形で残っているサイクルです。
ウェイクフィールド・サイクル: 32のパジェントからなり、「Towneleyサイクル」とも呼ばれます。匿名の作家「ウェイクフィールド・マスター」によるものと推測されていますが、確証はありません。特に『羊飼いの劇（The Second Shepherds' Play）』は有名です。
ルーダス＝コヴェントリー・サイクル: 42のパジェントからなり、複数の人が編纂した可能性が高いとされています。
チェスター・サイクル: 24のパジェントからなり、エリザベス朝時代に古いものを復元したものです。

これらのサイクルは、ルシファーの堕落、ノアの洪水、キリストの誕生、受難、復活など、聖書の重要な場面を題材としています。

ウェイクフィールド・サイクルと「ウェイクフィールド・マスター」

ウェイクフィールド・サイクルは15世紀に「ウェイクフィールド・マスター」と呼ばれる匿名の作家によって書かれたとされています。しかし、その実在や、サイクル全体の執筆者であるかどうかは未解明です。このサイクルの中で最も有名なのは『羊飼いの劇』で、羊泥棒の物語とキリストの誕生を対比させることで、ユーモラスでありながら深いメッセージを伝えています。

神秘劇のその後と復活

宗教改革の進展と共に、神秘劇への関心は薄れ、上演される機会も減少していきました。しかし、1951年のFestival of Britainをきっかけに、ヨークで神秘劇が復活し、現代においても、ルーダス＝コヴェントリー・サイクルを基にしたリンカン神秘劇など、様々な場所で復活上演が行われています。これらの復活劇は、中世の人々の信仰と文化を現代に伝える重要な役割を果たしています。

まとめ

神秘劇は、中世の人々の生活に深く根ざした宗教劇であり、聖書を題材とした壮大な物語と、地域社会との密接な関わりが特徴です。現代においても、その歴史的・文化的価値は高く評価され、様々な形で復活上演が行われています。神秘劇は、中世ヨーロッパの文化、宗教、演劇の歴史を理解する上で重要な鍵となる存在です。

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