私作る人、僕食べる人
ハウス食品工業が1975年（昭和50年）に放映したインスタントラーメンのテレビコマーシャル、「私作る人、僕食べる人」は、当時の日本社会に大きな波紋を投げかけた作品です。ラーメンを前にしたテーブルで、女性が「私作る人」、男性が「僕食べる人」と述べる印象的な台詞が特徴でした。このCMは、企画担当者が小学生の女の子から聞いた「家では私がみんなにつくってあげる」という言葉に着想を得て、「作る人の愛情が加わると、ラーメンがよりおいしくなる」というメッセージを込めて制作されました。当初、視聴者からは「かわいい」「ユーモラス」といった好意的な感想が寄せられていました。
しかし、放送開始から約1ヶ月後の1975年9月、国連が定めた「国際婦人年」を契機に行動を開始していた女性団体「国際婦人年をきっかけとして行動を起こす女たちの会」（略称：「行動を起こす女たちの会」）が、このCMに対して異議を唱えました。同会は、女性の食事準備が当たり前であるかのような描写が、男女間の役割分担を固定化し、性別による差別意識を助長するものだと主張し、ハウス食品工業に放送中止を強く求めました。抗議の背景には、「会員の娘がテレビCMの影響で男の子が給食当番をしなくなった」という日常的なエピソードがあったとされています。同会は要求に応じない場合、不買運動も辞さない構えを見せました。
ハウス食品工業は抗議を受け、社内で対応を協議しました。同社には消費者から約100件の意見が寄せられ、その大半は「CMを中止する必要はない」というものでしたが、同社は「社会的影響も無視できない」「少数の声にも謙虚に耳を傾ける」として、最終的に10月末をもってこのCMの放送中止を決定しました。表向きの理由は新製品への切り替えとされましたが、抗議の影響を認める形での中止となりました。これに対し「行動を起こす女たちの会」は、差別を明確に認めなかった点や中止決定が遅れた点に問題を残しつつも、目的であるCMの停止が実現したとして一定の評価を示しました。
この一件は、マスメディアでも大きく報じられ、社会的な議論を巻き起こしましたが、当時の論調は「行動を起こす女たちの会」の主張に対する理解が乏しく、むしろ冷ややかで揶揄するようなものが目立ちました。「男女間の賃金格差ならともかく、家庭内の役割分担を差別と捉えるのは行き過ぎだ」といった意見が多く見受けられ、作家や評論家からも批判的なコメントが寄せられました。週刊誌に至っては、「ヒステリック」「個人的発想」などと感情的な見出しで女性団体を中傷する記事が掲載されました。
「行動を起こす女たちの会」は、こうした週刊誌の揶揄に対して、特に『ヤングレディ』誌の記事を取り上げ、名誉毀損として編集長と出版社を訴えました。この裁判では、批判された側に反論の機会を保障する「アクセス権（反論権）」が争点の一つとなり、日本国内でのメディアにおける反論権の議論において注目を集めました。訴訟は4年に及びましたが、最終的には裁判所の勧告もあり、「行動を起こす女たちの会」が作成した反論記事を誌面に掲載する形で和解が成立しました。同会はこの和解を、女性運動における「泣き寝入り」の時代を終え、アクセス権が認められた画期的な成果と評価しました。
「私作る人、僕食べる人」CM騒動は、日本においてジェンダーという視点から広告表現が社会的な問題として議論された最初の事例として、歴史にその名を刻んでいます。この出来事をきっかけに、それまでジェンダー問題に関心が薄かった層にも問題意識が広がり、広告における性別役割の固定化に対する社会の認識は徐々に変化していきました。今日では、かつてのようなあからさまな男女差別や性別役割分業を強調する広告は減少傾向にありますが、インターネットの普及に伴う「ジェンダー炎上」と呼ばれる新たな問題も発生しており、ジェンダー表現を巡る課題は現代にも引き継がれています。このCMとそれに伴う社会の反応は、日本社会がジェンダー平等に向けて歩む過程での重要な一歩であったと言えるでしょう。
抗議活動を行った「行動を起こす女たちの会」はその後も活動を続けましたが、1996年に解散しました。こうした「抗議・告発型」の活動とは別に、「テレビ・コマーシャルの男女役割を問い直す会」のように、問題提起だけでなく具体的な改善提案を行う「提案型」の運動も生まれ、作り手と受け手の対話を通じたより建設的なアプローチも試みられています。
このCMが第16回ACC CMフェスティバルで話題賞を受賞したことは、賛否両論を巻き起こしながらも、社会的な関心を集めた影響力の大きさを物語っています。当時のハウス食品工業の対応も、賛成意見が多数を占める中で、少数の声にも耳を傾け、迅速ではないものの最終的にCMを中止するというプロセスは、現代の危機管理や消費者対応の観点からも学ぶべき点が多いと指摘されています。この一件は、単なるCM騒動に終わらず、日本のジェンダー意識やメディアリテラシーの発展において重要なターニングポイントとなった出来事です。
しかし、放送開始から約1ヶ月後の1975年9月、国連が定めた「国際婦人年」を契機に行動を開始していた女性団体「国際婦人年をきっかけとして行動を起こす女たちの会」（略称：「行動を起こす女たちの会」）が、このCMに対して異議を唱えました。同会は、女性の食事準備が当たり前であるかのような描写が、男女間の役割分担を固定化し、性別による差別意識を助長するものだと主張し、ハウス食品工業に放送中止を強く求めました。抗議の背景には、「会員の娘がテレビCMの影響で男の子が給食当番をしなくなった」という日常的なエピソードがあったとされています。同会は要求に応じない場合、不買運動も辞さない構えを見せました。
ハウス食品工業は抗議を受け、社内で対応を協議しました。同社には消費者から約100件の意見が寄せられ、その大半は「CMを中止する必要はない」というものでしたが、同社は「社会的影響も無視できない」「少数の声にも謙虚に耳を傾ける」として、最終的に10月末をもってこのCMの放送中止を決定しました。表向きの理由は新製品への切り替えとされましたが、抗議の影響を認める形での中止となりました。これに対し「行動を起こす女たちの会」は、差別を明確に認めなかった点や中止決定が遅れた点に問題を残しつつも、目的であるCMの停止が実現したとして一定の評価を示しました。
この一件は、マスメディアでも大きく報じられ、社会的な議論を巻き起こしましたが、当時の論調は「行動を起こす女たちの会」の主張に対する理解が乏しく、むしろ冷ややかで揶揄するようなものが目立ちました。「男女間の賃金格差ならともかく、家庭内の役割分担を差別と捉えるのは行き過ぎだ」といった意見が多く見受けられ、作家や評論家からも批判的なコメントが寄せられました。週刊誌に至っては、「ヒステリック」「個人的発想」などと感情的な見出しで女性団体を中傷する記事が掲載されました。
「行動を起こす女たちの会」は、こうした週刊誌の揶揄に対して、特に『ヤングレディ』誌の記事を取り上げ、名誉毀損として編集長と出版社を訴えました。この裁判では、批判された側に反論の機会を保障する「アクセス権（反論権）」が争点の一つとなり、日本国内でのメディアにおける反論権の議論において注目を集めました。訴訟は4年に及びましたが、最終的には裁判所の勧告もあり、「行動を起こす女たちの会」が作成した反論記事を誌面に掲載する形で和解が成立しました。同会はこの和解を、女性運動における「泣き寝入り」の時代を終え、アクセス権が認められた画期的な成果と評価しました。
「私作る人、僕食べる人」CM騒動は、日本においてジェンダーという視点から広告表現が社会的な問題として議論された最初の事例として、歴史にその名を刻んでいます。この出来事をきっかけに、それまでジェンダー問題に関心が薄かった層にも問題意識が広がり、広告における性別役割の固定化に対する社会の認識は徐々に変化していきました。今日では、かつてのようなあからさまな男女差別や性別役割分業を強調する広告は減少傾向にありますが、インターネットの普及に伴う「ジェンダー炎上」と呼ばれる新たな問題も発生しており、ジェンダー表現を巡る課題は現代にも引き継がれています。このCMとそれに伴う社会の反応は、日本社会がジェンダー平等に向けて歩む過程での重要な一歩であったと言えるでしょう。
抗議活動を行った「行動を起こす女たちの会」はその後も活動を続けましたが、1996年に解散しました。こうした「抗議・告発型」の活動とは別に、「テレビ・コマーシャルの男女役割を問い直す会」のように、問題提起だけでなく具体的な改善提案を行う「提案型」の運動も生まれ、作り手と受け手の対話を通じたより建設的なアプローチも試みられています。
このCMが第16回ACC CMフェスティバルで話題賞を受賞したことは、賛否両論を巻き起こしながらも、社会的な関心を集めた影響力の大きさを物語っています。当時のハウス食品工業の対応も、賛成意見が多数を占める中で、少数の声にも耳を傾け、迅速ではないものの最終的にCMを中止するというプロセスは、現代の危機管理や消費者対応の観点からも学ぶべき点が多いと指摘されています。この一件は、単なるCM騒動に終わらず、日本のジェンダー意識やメディアリテラシーの発展において重要なターニングポイントとなった出来事です。
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