竹内敏晴

竹内敏晴：身体とことばの探求者

竹内敏晴（たけうちとしはる、1925年 3月31日 - 2009年 9月7日）は、東京出身の演出家であり、独自の「竹内レッスン」を主宰したことで知られています。彼の人生は、幼少期の難聴という困難から始まりましたが、その経験が、彼独自の人間観、身体観を形成する上で大きな影響を与えました。

難聴を乗り越えて

竹内は生後間もなく難聴となり、全く音が聞こえない状態になりました。しかし、少年期から青年期にかけての薬物治療により、片耳の聴力が回復します。この経験は、彼にとって言語を「自然に」習得するということが不可能であることを意味しました。彼は自力で言語を習得していく中で、人が無意識に交わす言葉や声の背後にある「触れ合い」の欠如に気づき、これが彼の演出家としての探求の原点となりました。

「竹内レッスン」の誕生

竹内は、演劇を通して、人と人との真の触れ合いとは何か、出会いとは何かを追求しました。その探求の過程で生まれたのが「竹内レッスン」です。このレッスンは、単なる演劇訓練にとどまらず、参加者自身の内なる可能性を開花させることを目指しました。

竹内は、哲学者・教育者の林竹二との出会いを通じて、学校教育の現場にも深く関わるようになりました。自伝的著書『ことばが劈かれるとき』の出版を機に、彼のレッスンは全国の学校や大学、各種団体へと広まっていきました。

生涯と教育への反発

竹内は、自身の経験から、戦前、戦中、戦後の教育に強い反発と危機感を抱いていました。彼は「からだとことば」という独自の視点から、多くの著作や専門誌への寄稿を通じて、教育の問題点や人間の本質について警鐘を鳴らし続けました。

彼は、1925年に東京府北豊島郡板橋町（現在の東京都板橋区）に生まれました。祖父は武道家、父は速記者という家庭環境で育ちました。幼少期に中耳炎が悪化し、聴力を失いましたが、中学時代に治療によって右耳の聴力が回復しました。しかし、それと同時に、彼は言語を自力で習得する困難に直面しました。

旧制第一高等学校理科甲類に入学したものの、聴覚障害の影響で言葉をうまく話すことができませんでした。しかし、弓道部で才能を発揮し、寮生活では読書に没頭しました。敗戦後、失語状態に陥り、自殺未遂を繰り返すなど、深い絶望を経験しました。

東京大学文学部歴史学科に進学後、中国文学者・竹内好の講演に感銘を受け、教育に対する強い使命感を持つようになります。「自分と同じように人間性を圧殺する教育を子どもたちに向けようとするものを嗅ぎ分け、そして闘い殺してやる」と決意したのです。

演劇への道

大学卒業後、演出家・岡倉士朗に師事し、劇団「ぶどうの会」に参加しました。岡倉の助手を務めながら、歌舞伎やオペラなど幅広いジャンルの演出に携わり、1964年に初演出を担当しました。しかし、「ぶどうの会」解散を機に、アングラ演劇、小劇場運動の先駆けとなる「代々木小劇場＝演劇集団・変身」に参加し、多くの作品を演出しました。

この時期、野口体操の創始者・野口三千三らと協力し、演劇の基本訓練を組み立てる試みを始め、46歳で桐朋学園大学演劇科講師に就任、その後、演劇教室を開設し、本格的に演劇的ワークショップを開始しました。この場所が後に「竹内レッスン」と呼ばれるようになりました。

教育現場での実践

竹内は、宮城教育大学や東京大学などで教鞭をとり、教育現場でも独自のレッスンを展開しました。彼は、林竹二との出会いを通じて、学校教育のあり方に深い関心を抱き、兵庫県立湊川高等学校や尼崎工業高等学校などで、演劇を通して生徒たちの表現力を引き出す試みを重ねました。

晩年と遺産

晩年は、全国各地でレッスンを開催し、多くの人々に「竹内レッスン」を届けました。70歳頃から、定期的に開催されていたレッスン参加者と共に、創作劇や構成劇を上演する「オープンレッスン─八月の祝祭」を毎年開催しました。

2009年、膀胱癌のため84歳で亡くなりました。彼の残した著作やレッスンは、演劇界だけでなく、教育界、心理学界にも大きな影響を与え、今もなお多くの人々に影響を与え続けています。

竹内敏晴の身体への感受性

竹内は、人の身体の感覚をまるで自分のことのように感じる力を持っていました。彼は、声が詰まっている人の身体に触れ、その詰まりを内側から感じ取り、その人に働きかけることで、多くの人の声を「劈き」ました。また、人の姿勢や動きを正確に模倣し、その姿勢や動きの意図を自身の身体で感じ直すことができました。この身体を直観する力は、「竹内レッスン」で大いに活かされました。

主な著書

竹内敏晴は、多くの著書を通じて、自身の思想や実践を世に問いました。

『劇へからだのバイエル』
『ことばが劈(ひら)かれるとき』
『話すということ朗読源論への試み』
『からだが語ることば α+教師のための身ぶりとことば学』
『子どものからだとことば』
『ドラマとしての授業』
『時満ちくれば愛へと至らんとする15の歩み』
『からだ・演劇・教育』
『「からだ」と「ことば」のレッスン』
『愛の侵略マザー・テレサとシスターたち』
『老いのイニシエーション』
『ことばとからだの戦後史』
『日本語のレッスン』
『教師のためのからだとことば考』
『癒える力』
『ドラマの中の人間』
『動くことば動かすことば』
『思想する「からだ」』
『待つしかない、か。二十一世紀身体と哲学』
『からだ=魂のドラマ「生きる力」がめざめるために』
『竹内レッスンライブ・アット大阪』
『生きることのレッスン内発するからだ、目覚めるいのち』
『声が生まれる―聞く力・話す力』
『「出会う」ということ』
『竹内敏晴語り下ろし自伝 / レッスンする人』
『セレクション/竹内敏晴の「からだと思想」全4巻』
* 『〔新版〕待つしかない、か。身体と哲学をめぐって』

竹内敏晴は、演劇を通じて、人間の本質を深く探求した人物でした。彼の残した思想や実践は、今もなお多くの人々に影響を与え続けています。

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