竹永事件

竹永事件：太平洋戦争における異例の組織的降伏

竹永事件は、1945年5月3日に竹永正治中佐が率いる日本軍部隊が、東部ニューギニア（現在のパプアニューギニア）でオーストラリア軍に降伏した出来事です。当時の日本軍では、捕虜となることを極度に嫌う風潮があり、組織的な降伏は非常に珍しい事例でした。

事件の経過

1945年3月から4月にかけて、日本陸軍第41師団歩兵第239連隊は、東部ニューギニアのアイタペ南東内陸でオーストラリア軍と交戦していました。竹永中佐率いる第2大隊約50名は、連隊主力とは離れて独断で西方へ移動を開始しました。その理由について、部隊がはぐれたためとする証言と、連隊に見捨てられたと判断したためとする証言があります。

4月中旬、竹永隊は食糧を求めてタウ村に侵入し、村人と戦闘になりました。双方に死者が出た後、竹永隊はタウ村を離れましたが、付近に留まりました。オーストラリア軍は、住民からの通報で竹永隊の存在を知り、掃討部隊を派遣。4月24日に両軍は交戦し、日本側2名が戦死しました。

追跡を振り切った竹永隊は、これ以上の戦闘を避け、降伏を決意します。降伏勧告ビラに降伏条件を書き加え、オーストラリア軍に届けました。5月2日、オーストラリア軍は竹永隊を発見し、交渉を開始。翌5月3日、竹永隊はウォムグラー集落で降伏し、武装解除を受けました。この時、竹永中佐以下42名が軽機関銃5丁、小銃17丁、拳銃5丁などを所持していました。

捕虜となった竹永隊は、オーストラリア軍に護送され、アイタペへと空輸されました。一方、日本軍は竹永隊が行方不明になったと捜索していましたが、オーストラリア軍が撒いたビラによって降伏を知ることとなりました。

降伏の決断過程

竹永隊が降伏を決意した過程については、隊員全員の意思確認が行われたとする説と、幹部のみで決断したとする説があります。ある証言では、幹部が降伏で合意した後、兵士に挙手を求め、反対者には自決を促したとされています。しかし、別の証言では、意思決定は幹部のみで行われ、兵士への意思確認はなかったとされています。

背景

当時の東部ニューギニア戦線では、日本の第18軍が連合国軍に包囲され、補給も途絶え、戦力が著しく低下していました。1個師団の兵力は、本来の2万人から1千人前後にまで減少していました。竹永隊も例外ではなく、兵力は小隊規模で、兵士の半数は砲兵でした。極限状態の中、日本軍は玉砕思想に支配され、異常な命令が発令される状況でした。飢餓状態から人肉食に手を染める兵士もいたとされています。

このような状況下でも、日本では戦陣訓により、捕虜となることは不名誉とされていました。しかし、竹永隊は組織的に降伏を決断しました。これは、太平洋戦争全体から見ても極めて異例な事例でした。

その後

捕虜となった竹永隊の兵士たちは、オーストラリア本土の収容所に移送され、尋問を受けました。竹永中佐は、第18軍の指揮官たちの人物評や、日本の政治状況について語りました。竹永隊の降伏後も、第18軍は終戦まで戦闘を継続しましたが、一部部隊では竹永隊の影響を受けて集団投降する事例も発生しました。アイタペ戦後の第18軍将兵の生還率はわずか25%でしたが、竹永隊の生還率は84%でした。

戦後、竹永隊の降伏は不名誉な行為とみなされましたが、近年、事件の関係者によって詳細が明らかにされています。竹永元中佐は、戦後民間企業に勤め、1967年に病死しました。

竹永事件は、太平洋戦争における日本軍の絶望的な状況と、その中で下された苦渋の決断を示す出来事として、記憶されるべきでしょう。

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