粗忽の使者

『粗忽の使者』

『粗忽の使者』は、古典落語の一つで、元禄14年に刊行された笑話本『軽口百登瓢箪』を原作としています。この演目では、主人公が「粗忽者」として知られる侍、地武太治部右衛門のドタバタな活躍が描かれ、そのユーモアが観客の笑いを誘います。

物語は、杉平柾目正という殿様の家来である治部右衛門が主人公です。治部右衛門は、その名からも分かるように、非常におっちょこちょいな性格です。そんな彼は、面白い粗忽者として殿様のお気に入りとなっています。ある日、親せきにあたる赤井御門守から依頼を受け、治部右衛門が使者に派遣されることになります。

朝早くから起きた治部右衛門は、振り回されながらも何とか馬に乗り込むも、「弁当、弁当はどこじゃ！？」と叫び、実際には「出発の準備を進めるべき」との指示を聞き逃している状態です。このあまりにもおかしな行動が、会話の端々で笑いを引き起こします。

治部右衛門がある屋敷に到着すると、そこでのドタバタ劇がさらに深まります。家老の田中三太夫と対面した治部右衛門は、なんと「口上を忘れた」と衝撃の返事をします。彼は、尻をひねられれば思い出すかもしれないと、ユーモラスな発想を披露します。この場面でのやり取りが、落語ならではの面白さを強調しています。

田中三太夫は困惑し、「指の力がある者を呼んでこい」と言って、帰ってしまうのです。その後、仲間たちが「尻をひねってあげよう」と決め、治部右衛門はその愉快な手法に巻き込まれることになります。仲間は「留っこ」と名乗る若侍を用意し、彼は本当に風変わりな方法で治部右衛門の尻をひねることを実行します。

この一連の流れで、会場は爆笑に包まれます。留っこが「どうなってんだよ、この尻は？」と叫ぶと、治部右衛門は、思わず「思い出してござる！！」と叫びますが、その結果、肝心の口上は「屋敷を出る折、聞かずにまいった…」となんとも間の抜けたオチに繋がります。

また、この物語は江戸落語ならではの巧妙なストーリーテリングが随所に見られます。主人公治部右衛門の行動は笑えるだけでなく、キャラクターたちの個性もうまく表現されています。さらに、『粗忽長屋』や『宿替え』など、他の落語演目でも登場する粗忽者たちのエピソードは、江戸時代の人々の日常に思いを馳せさせるものがあります。

実は、『粗忽の使者』には続きが存在し、屋敷に戻った治部右衛門は、大失敗を責任に感じ、切腹しようとするシーンへと繋がります。しかし、そこに殿様が現れ、「御門守殿には何も用がなかった」と一言で物語は締めくくられます。これもまた落語ならではの、驚きの展開です。

全体的に、『粗忽の使者』は、ユーモア満載で、軽快かつリズミカルに語られる落語作品です。江戸の人々の笑いと共に続くこの物語は、今でも多くの演者によって親しまれています。

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