糸杉と星の見える道

『糸杉と星の見える道』：ゴッホ晩年の精神世界

フィンセント・ファン・ゴッホが1890年に描いた油絵『糸杉と星の見える道』（オランダ語: Cypres bij sterrennacht）は、彼のサン＝レミ＝ド＝プロヴァンスでの最後の作品の一つとして知られています。また、『夜のプロヴァンスの田舎道』という名称でも呼ばれています。この作品は、ゴッホが糸杉に特別な魅力を感じていたこと、そして自身の死期を意識し始めていた時期に描かれたため、彼の内面的な葛藤や精神性が色濃く反映されていると解釈されています。

作品の背景

ゴッホは弟テオドルスへの手紙の中で、糸杉の「美しいライン」がエジプトのオベリスクのように調和がとれていると述べています。彼は1888年頃から夜の糸杉を描きたいと考えていましたが、実際に描いたのは1890年5月でした。

シカゴ大学のKathleen Powers Ericksonは、この作品に描かれている糸杉と道が、ジョン・バニヤンの『天路歴程』から影響を受けていると指摘しています。また、ゴッホは他の作品でも糸杉を主題として取り上げており、その多くで画面の上端を超えるほど大きく描いています。

ゴッホは、この作品を完成させた後、オーヴェル＝シュル＝オワーズに移り住みます。その後、友人のポール・ゴーギャンに宛てた手紙の中で、この作品がゴーギャンの『オリーブ山のキリスト』（1889年）と同じく、苦悩と不屈をテーマとしていると述べています。

夜空の様子は、水星と金星が天文合によってシリウスに匹敵する輝きを放った1890年4月20日の影響を受けているとも言われています。

作品の分析

Ericksonは、『星月夜』（1889年）と比較して、本作はゴッホが死期をより強く意識していることを示唆していると指摘しています。画面左側にぼやけた星、右側にくっきりとした三日月が描かれ、中央には糸杉が配置されています。彼女は、この糸杉を「死のオベリスク」と表現し、古いものと新しいものを分断する象徴として捉えました。また、道を歩く二人の人物は、ゴッホ自身が仲間を求めていることを表していると分析しています。

Naomi Maurerも著書『The Pursuit of Spiritual Wisdom』の中で、ゴッホが自身の死を予感していたことがこの作品に反映されていると述べています。ゴッホは、人生が永遠の流れの中にあることを示そうと、曲がりくねった道を旅路として描き、旅人、馬車、そして休息の場である小さな宿屋を描き入れています。その全てを支配するものとして、死の象徴である糸杉を画面中央に配置しました。さらに、糸杉の両側に輝く星と月を「地上のシーンに対する宇宙的観点」として加え、「知覚宇宙が愛で満ちている」ことを表現しようとしました。

作品の象徴性

『糸杉と星の見える道』は、単なる風景画ではなく、ゴッホの精神世界を象徴的に表現した作品です。糸杉は死の象徴であると同時に、永遠性や再生の象徴でもあります。道は人生の旅路を表し、星と月は宇宙の秩序と生命のサイクルを象徴しています。この作品を通して、ゴッホは人間の存在の儚さ、そして永遠の命への憧憬を描き出そうとしたのではないでしょうか。

まとめ

『糸杉と星の見える道』は、ゴッホの晩年の精神的な葛藤と、死への意識が色濃く反映された作品です。糸杉を「死のオベリスク」と捉え、星空と道、人物が織りなす象徴的な風景は、観る者に深い思索を促します。ゴッホの死生観や精神世界を理解する上で、この作品は重要な手がかりとなるでしょう。

出典

Boime, Albert (2008). Revelation of Modernism: Responses to Cultural Crises in Fin-de-Siècle Painting. Columbia: University of Missouri Press.
Erickson, Kathleen Powers (1998). At Eternity's Gate : The Spiritual Vision of Vincent Van Gogh. Grand Rapids: W.B. Eerdmans.
Maurer, Naomi (1998). The Pursuit of Spiritual Wisdom : The Thought and Art of Vincent van Gogh and Paul Gauguin. London: Associated University Presses in association with the Minneapolis Institute of Arts.
Welsh-Ovcharov, Bogomila (1987). “Vincent van Gogh, Paul Gauguin, and Albert Aurier: The Perception of Life in Death”. In Leith, James. Symbols in Life and Art: The Royal Society of Canada Symposium in Memory of George Whalley. Kingston: McGill-Queen's University Press.

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