経師

経師：経典と文化を繋ぐ職人の歴史

経師は、日本において古くから経典に関わる重要な役割を担ってきた職人です。その仕事内容は時代とともに変化を遂げ、写経を行う者から経巻の製本、さらには書画の表装まで、幅広い技術を駆使する職能へと発展しました。

古代からの写経と経師

古代、経師は主に経典の写経に携わっていました。天武天皇の時代には、国家事業として大規模な写経が行われ、多くの経師が動員されました。当時の経師は、官人のほか、民間の人々も含まれており、その活動は『日本書紀』や『正倉院文書』といった史料にも記録が残されています。奈良時代には、律令制の下で図書寮の写書手が経典の写経を担当する一方、民間でも経師が活躍していました。光明皇后の皇后宮職に属する写経所では、経師だけでなく、校生、装潢師、題師など多くの専門職人が協働して写経作業を進めていました。写経所の記録からは、当時の経師の待遇や、宗教、官僚機構、農村生活の一端を垣間見ることができます。写経師の仕事ぶり、報酬、罰則といった詳細な情報が残されており、当時の社会情勢を知る上で貴重な史料となっています。

平安後期以降：製本と表具師への発展

平安時代後期になると、経師の仕事は写経から経巻の製本へと重点が移っていきました。装潢師が担っていた経巻の表装作業も、次第に経師の業務に含まれるようになり、経師は独立した職人として社会に定着していきました。江戸時代初期には、巻子本だけでなく冊子本の製本も行うようになり、さらに屏風や襖などの表装も手がけるようになり、表具師としての役割も担うようになりました。

しかし、冊子本の製本は表紙屋という専門職人が分化しており、経師は巻子本や巻物、そして表具の制作を主な業務とするようになりました。「居職」として自宅で作業を行い、「経師屋」と呼ばれるようになりました。京都では、経師の技術力にはばらつきがあり、巻物の品質や表具の仕上がりに評価の差があったようです。それでも、経師屋は写経よりも表具や唐紙の仕事が中心になっていきました。

経師の道具は、当初は特別な刃の小刀が中心でしたが、冊子本が増えるにつれて、竹製の圧搾具、糊入れの容器、刷毛、金砂子をまくための水嚢などが使用されるようになりました。技法は掛け物と類似していますが、糊は薄く、裏打ちや仮張りを施した後、定規を使って紙を切り、軸に巻くという工程で行われました。

京都は経師の中心地であり、経師仲間の長である大経師は、宮廷からの注文を受けていました。さらに、暦の印刷・発行の特権を持つ場合もあったとされています。

現代への継承

現代においても、伝統的な経師の技術を受け継ぎ、活動する職人や団体が存在します。古文書の修復や、文化財の保存・修復といった分野で、その高い技術が活かされています。また、現代的なデザインを取り入れ、新たな表現に挑戦する経師も現れています。

経師の歴史は、日本の文化や歴史と深く結びついています。写経から製本、そして表具へと、時代とともに変化しながらも、経師は日本の文化を支え続けてきたのです。その技術と精神は、これからも大切に継承されていくことでしょう。

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