正倉院文書

正倉院文書：天平時代の時空を超える記録

奈良県にある東大寺正倉院。その宝庫には、1万数千点もの貴重な文書群「正倉院文書」が眠っています。これらの文書は、主に8世紀、天平時代の社会を知る上で極めて重要な史料であり、古代日本の政治、経済、社会、文化など多様な側面を映し出しています。

成立と内容

正倉院文書の多くは、東大寺の写経所で作成されたものです。写経所は、当初は藤原光明子の私的な機関でしたが、聖武天皇の皇后となった後、皇后宮職、さらに造東大寺司の下に置かれ、736年（天平8年）から一切経の写経事業を展開しました。光明皇后が740年（天平12年）5月1日に願文を記したことから「五月一日経」とも呼ばれる大規模な事業でした。

写経所文書は、727年から776年にかけて作成された帳簿類が中心です。紙は当時貴重品だったため、不要になった文書の裏面を再利用した紙背文書も多く含まれています。これらの紙背文書には、戸籍や税帳などの公文書が含まれ、古代日本の社会構造や経済活動を直接的に示す貴重な情報源となっています。

正倉院には写経所文書以外にも、北倉文書などがあり、これら全てを包括して正倉院文書と呼ぶこともあります。しかし、本稿では主に写経所文書を中心に解説します。

律令公文との関わり

正倉院文書には、律令制下の官庁が作成した公文書、いわゆる律令公文が多数含まれています。律令公文は通常短期間で廃棄されるのが一般的でしたが、写経所の帳簿として再利用されたことで、現代にまで伝えられました。なかには大宝2年（702年）作成の戸籍など、最も古い時代の貴重な史料も含まれています。

研究史

正倉院文書の存在が広く知られるようになったのは、江戸時代後期、中倉が開封された後です。国学者である穂井田忠友が、紙背文書に注目し、戸籍や税帳などを中心に整理、編纂しました。この作業によって文書の存在が世に知れ渡る一方、写経所文書自体のまとまりは損なわれることになります。

明治時代以降も、宮内省などによって継続的に整理が進められ、複数のシリーズに編集されました。1885年には『続修正倉院文書』が刊行され、1901年から1940年にかけては史料編纂所により『大日本古文書』が刊行され、正倉院文書のほぼ全貌が活字化されました。しかし、『大日本古文書』にも収録されていない断片なども存在します。

近年の研究動向

近年では、写経所文書の復元や、写経所事業そのものの研究が盛んに行われています。特に、建築史家である福山敏男の研究は注目に値します。福山は、石山寺や法華寺の造営に関連する史料に着目し、写経所文書の復元を試み、寺院造営の過程を詳細に明らかにしました。

現状と公開

正倉院文書の原本は非公開ですが、毎年秋の「正倉院展」で一部が公開されています。また、写真版の影印集成も刊行されており、研究者だけでなく一般の人々もその内容にアクセスできるようになっています。

その他の文書

正倉院文書には、写経所文書以外にも、北倉文書、東南院文書、日名子文書など、様々な文書が含まれています。これらの文書も合わせて広義の正倉院文書と呼ぶことがあります。

まとめ

正倉院文書は、天平時代の社会を知るための極めて重要な史料です。その研究は現在も継続されており、新たな発見が期待されています。正倉院文書を通じて、古代日本の姿をより深く理解することができるでしょう。

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