絵本太功記

絵本太功記：明智光秀の悲劇と三日天下

『絵本太功記』は、江戸中期を代表する人形浄瑠璃および歌舞伎の演目です。近松柳、近松湖水軒、近松千葉軒という近松門下の三名が合作した時代物で、全13段から構成されています。通称は『太功記』です。

寛政11年7月（1799年8月）、大坂豊竹座で人形浄瑠璃として初演され、翌寛政12年11月（1800年12月）には大坂角芝居中山座で歌舞伎として初演されました。歌舞伎初演時の外題は『恵宝太功記』でした。

主人公と物語

『太閤記』が豊臣秀吉の成功物語であるのに対し、『絵本太功記』は明智光秀の悲劇を描いています。本能寺の変で織田信長を討った光秀が、天王山の戦いで秀吉に敗れ、わずか三日の天下で滅ぼされるまでの物語です。

この作品は、史実を基にした『真書太閤記』や読本『絵本太閤記』、さらに先行作品である『三日太平記』を下敷きとして創作されました。当時大流行した『絵本太閤記』という読本に便乗した側面もあると考えられています。

特徴的なのはその構成です。光秀の謀反を決意した天正10年6月1日から、小栗栖で落命する同13日までの出来事を、一日一段という実録風な形式で描いた、全14段（発端を含む）という異例の構成となっています。人形浄瑠璃では、五段構成が一般的であったため、非常に珍しい構成と言えるでしょう。

名場面：尼ヶ崎の段

全編を通して最も有名なのは、十段目「尼ヶ崎の段」です。この段では、逆賊の汚名を着せられた光秀が、誤って自分の手で母親を殺してしまうという悲劇が描かれています。さらに、深手を負った息子が敗戦を伝え息絶えるという悲壮な場面が続き、作品全体の悲劇性を高めています。

この十段目は歌舞伎においても非常に人気が高く、初演以降は独立して上演されることが多くなりました。「太功記」といえば「十段目」と言われるほど有名になり、『太十』という略称も使われるようになりました。

あらすじ

主君・織田信長（劇中では小田春永）から侮辱された光秀は、ついに謀反を決意し信長を討ちます。一方、秀吉（劇中では真柴久吉）は、高松城の清水宗治を攻め落とした後、小早川隆景と和睦します。

光秀の母・皐月は、息子の謀反に激怒し家出します。光秀は自害しようとするも周囲に止められ、久吉を討つべく京の御所に向かいます。尼ヶ崎で、光秀は久吉と間違えて母親を殺してしまい、さらに瀕死の息子・十次郎が帰還し絶命します。絶望的な状況の中、久吉と佐藤正清が現れ、後日天王山で決戦することを告げて去っていきます。

登場人物

武智光秀: 史実の明智光秀をモデルにしています。
真柴久吉: 羽柴秀吉をモデルにしています。
小田春永: 織田信長をモデルにしています。
武智十次郎: 光秀の息子。
* 皐月: 光秀の母。

見どころ：尼ヶ崎閑居の段

十段目「尼ヶ崎閑居の段」は、前半の十次郎と初菊の恋模様から始まり、後半は光秀の独り舞台となります。光秀の母と子の死、そして久吉との対決など、演じる側の表現力が試される場面が多く、多くの名優たちが光秀役を演じてきました。

この段は、登場人物の役割分担がうまく構成されているため、歌舞伎の襲名披露狂言としてしばしば上演されます。

逸話

舞台裏では、力持ちの光秀役の役者が酔っぱらって、皐月役の役者を竹槍で本気で突いてしまったという逸話があります。幸い、厚い衣装のおかげで怪我には至らなかったものの、その後皐月役を演じる役者がしばらくいなくなったと言われています。

また、初菊役の演出についても、劇作家岡鬼太郎から厳しい批評がなされたというエピソードが残っています。

補注

『三日太平記』の初演時期に関して、複数の説が存在します。しかし、作者や上演時期、内容の差異から、異なる作品である可能性が高いとされています。

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