緑川亨

緑川 亨（みどりかわ とおる）は、大正12年（1923年）11月8日に東京府、現在の東京都で生を受け、平成21年（2009年）7月20日に逝去した日本の実業家、そして卓越した編集者です。

立教大学で学んだ後、昭和25年（1950年）9月5日付で岩波書店に入社しました。岩波書店には当時、編集者として名高い吉野源三郎氏が在籍しており、緑川氏はその教えを受け、編集者としての道を歩み始めます。師事した吉野氏から編集の哲学や実務を深く学び、その後のキャリアの礎を築きました。

特に彼の活動が注目されたのは、岩波書店が発行する影響力のある論壇誌『世界』における役割です。緑川氏は編集員としてこの雑誌に携わり、中でも戦後の日本にとって極めて重要であった講和条約に関する特集の編集に力を注ぎました。多様な論点を整理し、読者に提供する彼の編集手腕は、当時の知識層から高い評価を得ました。

時を経て、緑川氏は師である吉野源三郎氏の後任として、『世界』の編集長に就任します。論壇誌の編集長として、国内外の重要な出来事や思想動向を捉え、社会に問いかける内容を企画・編集する重責を担いました。彼のリーダーシップのもと、『世界』はその影響力を保ち続けました。

昭和53年（1978年）5月30日には、緑川氏は岩波書店の代表取締役社長という最高職に就任します。この人事は、創業家である岩波家以外の人物が岩波書店の社長となる初めての事例であり、日本の出版界において大きな出来事として受け止められました。社長として、彼は岩波書店が長年培ってきた信頼と社会的使命を継承しつつ、時代の変化に対応するための経営判断を行いました。

平成2年（1990年）に社長職を退任した後も、緑川氏は出版への情熱を持ち続けました。手軽な文庫サイズで質の高い教養を提供することを目指した叢書、『同時代ライブラリー』の創刊と刊行に深く関わりました。このシリーズは幅広い分野の著作を網羅し、多くの読書家から支持を集めました。

さらに、出版界での功績だけでなく、教育分野にも貢献しています。平成4年（1992年）から相模女子大学の理事長を務め、平成8年（1996年）まで4年間にわたり学校経営に携わりました。

緑川亨氏の著書としては、笹本駿二氏、藤村信氏と共に執筆した『ヨーロッパの地殻変動を語る』があります。この共著は平成2年（1990年）3月15日に出版され、変革期にあったヨーロッパ情勢についての考察が展開されています。

生涯を通じて、緑川 亨氏は編集者、実業家、そして教育者として多岐にわたる活動を展開しました。特に岩波書店における彼の歩み、すなわち『世界』誌の編集から代表取締役社長に至る道のりは、日本の戦後出版史における重要な一章を形成しています。社会に対する深い洞察と、質の高い出版物へのこだわりは、多くの人々に影響を与えました。

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