吉野源三郎

吉野 源三郎（よしの げんざぶろう）

1899年（明治32年）4月9日に東京府（現在の東京都）に生まれ、1981年（昭和56年）5月23日に82歳で逝去した吉野源三郎は、編集者、児童文学者、評論家、翻訳家、ジャーナリスト、そして反戦運動家として多岐にわたる顔を持つ、昭和期を代表する進歩的な知識人でした。特に、思春期の少年少女に向けた名著『君たちはどう生きるか』の著者として、また戦後日本の論壇をリードした雑誌『世界』の初代編集長として広く知られています。

東京高等師範学校附属小学校、中学校を経て、旧制第一高等学校に入学。その後、東京帝国大学経済学部に進みましたが、思索を深める中で哲学への関心が高まり、文学部哲学科へ転部しました。大学卒業後、一時陸軍に入隊し、歩兵少尉として除隊。1927年（昭和2年）には東京大学図書館に勤務します。この頃から政治、特に社会主義に関心を寄せ、関連する団体との交流を深めますが、1931年（昭和6年）に治安維持法違反の容疑で逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けるという経験をしました。この出来事は、軍国主義への強い不信感と、その後の彼の反戦活動や理想主義的な思想形成に大きな影響を与えたと考えられています。

1935年（昭和10年）、作家の山本有三が企画した「日本少国民文庫」の編集主任を務めることになります。ここで、次世代を担う子どもたちに向けて、よりよく生きるための指針を示す物語として執筆されたのが、後に彼の代表作となる『君たちはどう生きるか』です。この作品は1937年（昭和12年）に刊行され、同年には岩波書店に入社。翌年には岩波新書を創刊するなど、編集者としてもその手腕を発揮しました。また、明治大学の講師、教授も務め、戦時下の困難な状況にあっても、人間の尊厳を重んじる独自のヒューマニズム論を展開し続けました。

終戦後の1946年（昭和21年）、岩波書店から刊行された総合雑誌『世界』の創刊に携わり、初代編集長に就任します。彼は「戦後民主主義」の立場を明確にし、一貫して反戦と平和の重要性を説く論陣を張りました。冷戦が深まる中、1951年（昭和26年）の対日講和条約においては、一部の国との単独講和ではなく、関係国全体を含めた全面講和を主張。1960年（昭和35年）の安保闘争においても、「安保批判の会」の結成に参加するなど、積極的に社会運動に関わりました。岩波書店では常務取締役なども務め、岩波少年文庫の創設にも尽力するなど、出版文化の発展にも大きく貢献しました。

その温厚な人柄と深い学識は、多くの人々に慕われました。ジャーナリストとしての組織である日本ジャーナリスト会議の初代議長や、沖縄資料センターの世話人など、要職を歴任し、社会的な活動にも力を注ぎました。晩年には、「被爆30年広島国際フォーラム」の世話人を務めるなど、平和への希求を持ち続けました。

吉野源三郎の著作は、時代を超えて読み継がれています。中でも『君たちはどう生きるか』は、刊行から長い年月を経てもその価値を失わず、2003年に行われた岩波文庫の読者アンケートで上位にランクインしました。そして、2017年に漫画版が刊行された際には再び大きな注目を集め、世代を超えた読者を獲得しています。岩波少年文庫に寄せた「岩波少年文庫発刊に際して」の一文も、今なお多くの読書人に感銘を与えています。

主な著作

『君たちはどう生きるか』
『人間の尊さを守ろう』
『人類の進歩につくした人』（のち『エイブ・リンカーン』として再刊）
『同時代のこと　ヴェトナム戦争を忘れるな』（岩波新書）
『職業としての編集者』（岩波新書、没後刊行）
『平和への意志　『世界』編輯後記1946-55年』
『「戦後」への訣別　『世界』編集後記1956-60年』

主な翻訳

マルック『マールブルク学派に於ける認識主観論』
フリチョフ・ナンゼンほか『わが人生観』
ドラ・ド・ヨング『あらしの前』、『あらしのあと』
* レッシング「たとえばなし」

彼の思想と活動は、現代においてもなお、私たちがいかに生きるべきか、社会とどう向き合うべきかという問いを投げかけ続けています。

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