縦深防御

縦深防御（じゅうしんぼうぎょ）

概要

縦深防御は、単に敵の攻撃を防ぐことに終始せず、意図的に敵の前進を許容しながらも、その進行を段階的に遅らせ、敵に時間と損害を強いることを目的とする戦闘教義です。これは、占領される地域が増えるのと引き換えに、攻撃側の部隊を徐々に消耗させていく戦略と言えます。「深層防御」とも呼ばれることがあり、対義語としては、敵を国土に侵入させない「水際作戦」が挙げられます。

この概念は、軍事的な領域を超え、非軍事的な分野における多層的な防御戦略としても広く応用されています。非軍事分野では、「階層的防御」「多層防御」「多重防御」といった言葉で表現されることがありますが、英語では軍事分野と同様に “defence in depth” と呼ばれます。

軍事的な縦深防御

従来の防御では、戦力を前線一点に集中させることが一般的でした。しかし、この方式は、前線が突破された場合に防御側の部隊が側面を晒され、包囲されたり、脆弱な補給線を敵に脅かされたりする危険を伴いました。

これに対し、縦深防御では、防御側は戦力や防御拠点を前線だけでなく、その後方の広範囲にわたって展開します。攻撃側は比較的容易に最前線を突破できるかもしれませんが、前進するごとに連続する防御線や抵抗に遭遇します。奥に進むにつれて攻撃側の側面の安全は失われ、前進は鈍化または停止し、最終的には防御側に包囲される危険に直面します。

防御側は、あらかじめ設定された後退地点を利用することで、敵に蹂躙される危険や側面を晒される事態を回避しつつ、前進してくる敵軍に対して高い損害を与えることが可能になります。縦深防御は敵の奇襲効果を低減させ、防御部隊が防御態勢を整えたり、反撃の準備をしたりするための貴重な時間を稼ぎ出します。特に、広大な防御線において、攻撃側が特定の地点に戦力を集中させてくる場合に有効性を発揮します。

緻密に計画された縦深防御では、各部隊が互いに連携し、それぞれの特性に応じた役割を担います。例えば、訓練が十分でない部隊は固定された防衛線に配置される一方、訓練され装備の整った部隊は機動予備として活用されます。連続する防御線では、異なる種類の障害物や戦術を組み合わせることもあります。例えば、戦車を妨げるドラゴン・ティースと、歩兵の進行を阻む鉄条網を併用するなどです。また、縦深防御では、自然の地形を含むあらゆる利点を最大限に活用することが重視されます。

しかし、縦深防御には不利な点も存在します。最大の難点は、計画段階で自国の領土を敵に明け渡すことを前提としているため、防御側にとって心理的に受け入れがたい場合があることです。これは、重要な軍事施設や経済拠点が前線に近い場合や、政治的・文化的な理由から領土の放棄が困難な場合に特に顕著になります。

歴史的な例としては、古代ヨーロッパの丘を利用した砦（hill fort）や、何重もの城壁を持つ同心円状の城（concentric castle）を中心とした防衛が挙げられます。これらの城郭では、内側の防御線から外側の敵に対して弓矢などで支援を行い、攻撃側は多大な犠牲を払いながら順次、各防御線を突破する必要がありました。防御側には、より内側の防御線への後退という選択肢が常に存在しました。

近代の例としては、第一次世界大戦における塹壕を複数構築した前線や、第二次世界大戦中におけるドイツ国防軍によるイギリス侵攻作戦（アシカ作戦）に備えたイギリス側の防御態勢などが縦深防御の考え方に基づいています。

非軍事分野への応用

“defence in depth” という考え方は、軍事分野にとどまらず、より広い意味で用いられています。例えば、一部が故障してもシステム全体が機能を維持できるような「フォールトトレラントシステム」の構築において、複数の冗長性や安全機構を設ける考え方も縦深防御の一種と見なせます。

火災予防の分野でもこの考え方は重要です。単に火災の発生を防ぐだけでなく、火災報知機の設置、消火器の配置、避難計画の策定、そして大規模火災に対応するための消防設備の準備や人員配置計画まで、複数の段階的な対策を組み合わせることで、被害を最小限に抑えることを目指します。

情報セキュリティ分野での多層防御

情報セキュリティの分野では、「多層防御」という言葉で広く知られています。これは、コンピュータシステムへの不正アクセスやマルウェア感染など、様々なサイバー攻撃のリスクを低減するために、複数のセキュリティ技術や対策を組み合わせて適用することを指します。

具体的な例としては、個々のコンピュータにアンチウイルスソフトウェアを導入するだけでなく、ファイアウォールでネットワークの境界を防御し、サーバーレベルでも別途ウイルス対策や侵入検知システムを設けるといった対策が挙げられます。また、特定のセキュリティ対策ソフトが突破された際の影響を局所化するために、異なるベンダーの製品を組み合わせ、様々な種類の脅威に対応できるようにすることも、多層防御の重要な側面です。

関連項目

水際作戦
焦土作戦
* 縦深攻撃

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