羊の方舟

2005年 8月26日に工画堂スタジオよりリリースされた、全年齢対象のパソコン向けノベルゲームです。シナリオ・原案を西川真音氏が、キャラクターデザイン・イラストをしろ氏が担当しており、両氏は同じく工画堂スタジオから発売された『シンフォニック=レイン』でも主要スタッフとして知られています。このゲームは、工画堂スタジオが運営していた携帯電話ウェブサイト「エンジェリックタウン」や公式サイトで一部を体験できる機会も提供されていました。また、2008年には設定や物語に大きな変更を加えたリメイク小説『零と羊飼い』も刊行されています。

概要

物語の舞台は、巨大な隕石が地球への衝突コースをたどっている近未来。この未曽有の危機を回避するため、人類は極秘の計画を実行に移します。それは、特定の異能力を持つ人間を特殊なシャトル、通称「方舟」に乗せ、隕石に向けて打ち出すという非情なものでした。当然ながら、この任務を担う異能者に生還の見込みはありません。

計画のために集められたのは、能力によって選抜された三人の異能者たち。彼らは自分たちの置かれた状況の全貌を知らされないまま、閉鎖された地下施設へと隔離されます。与えられた使命は、限られた時間の中で、この危険な「方舟」に乗り込む一人、すなわち犠牲者となる一人を選び出すこと。物語は、候補者である三人の異能者それぞれの視点から、この選択に至るまでの七日間を中心に描かれます。

本作はプレイヤーの選択肢が存在しない、いわゆる「キネティックノベル」形式の作品ですが、物語の結末は各異能者によって異なる複数のエンディングが用意されています。なぜ選択肢がないにも関わらずエンディングが分岐するのかは、物語を進める過程で明らかになる要素です。

物語の背景

21世紀から22世紀へと移り変わる頃、世界各地で特別な力を持つ人々が出現し始めます。彼らの中でも特に異彩を放っていたのが、「レス系」あるいは「アンチ系」と呼ばれる異能者たちでした。彼らは何かを「消す」あるいは「壊す」といった本来の能力に加え、例外なくもう一つの特殊能力を併せ持っていました。それは、自身に向けられた力を、同等の力で跳ね返すという能力です。

アンチ系異能者の存在が公にされると同時期に、巨大隕石の接近が確認されます。これに対抗する手段として立案されたのが、前述のシャトルを用いた計画でした。アンチ系の能力は本人の強い意思がなければ発動しない特性を持つため、強制的にシャトルに乗せても意味がありません。計画を成功させるためには、候補者自身が自らの意志で犠牲となる道を選ぶ必要があったのです。

候補者として集められたのは、それぞれ異なる背景と能力を持つ三人の異能者。
アキラ: 過去の出来事から記憶を消す能力に目覚め、アイデンティティが希薄で、生きることに執着していない少年。
アロイス: 恋人を守るためなら命も惜しまない、理知的で強い意志を持つ少年。
ウォルシュ: 常に何かに対する激しい怒りを抱え、感情を消す能力を持つ粗暴な青年。

彼らは、過酷な運命を背負う一人を決めるため、不可避の「ゲーム」を開始します。

登場人物

アキラ・ツキカワ: 15歳の日本人少年。家族を失った経験から記憶を消す能力を得た。過去を喪失し、現実からやや乖離した淡泊な性格だが、根は優しい。計画のため生み出された少女サイファの世話を申し出る。
サイファ: 計画遂行のために人工的に生み出された、アンチ系能力を持つ少女。その名は「零」を意味し、最初から「方舟」に乗る存在として定められている。感情がまだ芽生えておらず、ジーンから贈られたウサギの人形を大切にしている。
アロイス・トイフェル: 13歳の落ち着いた少年。聴力を失ったことで精神的に不安定になった時期があるが、後にアイと出会い、生きる希望を見出す。冷静かつ理知的だが、アイのためなら自らの命を捧げる覚悟を持っている。
アイ・マツオカ: 14歳の盲目の少女。アロイスの恋人であり、常に共に過ごしている。センス系異能者として優れた聴覚を持ち、声の調子から嘘を見抜いたり、機械音から盗聴器の存在を探知したりできる。基本的には温和だが、アロイスを守る際には毅然とした態度をとることもある。
ウォルシュ・クーパー: 17歳の青年。スラム街で育ち、過去の事件を機に感情を消す能力を持つ。常に内に怒りを秘めており、周囲に敵意を向け、自らが憎まれることを望んでいるかのよう。世話役のリ・ジーメイに対して辛く当たる。
リ・ジーメイ（李咏梅）: 13歳の中国系の少女。ウォルシュからは「シャオリー」と呼ばれる。何らかの理由で多額の借金を抱え、メイドとして働いている。幼いながらも困難な状況で毅然とした態度を保とうと努める。

ピーター・フランクリン: 52歳のセンス系異能者。心を読む能力を持つ。精神を病んだ妻の心を知りたいと願った結果能力を得るが、妻は自殺してしまう。現在はネゴシエーターとして活動。異能者を計画に説得する役目を担うが、穏やかな性格のため、彼らを死地に送る任務に苦悩する。
ジーン: 27歳の女性。計画全体の責任者であり、遺伝子の専門家。異能者の研究にも従事している。サイファの生みの親でもあり、一般的に冷淡な人物として描かれる。
エドワード・クラーク: 27歳の男性。ジーンの部下。上司としてのジーンに対し、深い忠誠心以上の感情を抱いている様子がうかがえる。

小説版『零と羊飼い』

2008年、一迅社文庫より刊行された小説版は、ゲーム版『羊の方舟』をリメイクした作品です。ゲーム版の基本設定や登場人物、物語の筋をベースにしつつも、大小様々な点に変更が加えられています。特に、物語の結末はゲーム版とは大きく異なっており、独立した作品としても楽しむことができます。

初版発行：2008年6月15日
ISBN：9784758040013

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