翼に賭ける命

『翼に賭ける命』 (The Tarnished Angels)

概要

1957年にアメリカ合衆国で製作された映画で、メロドラマの巨匠として知られるダグラス・サークが監督を務めました。第一次世界大戦の英雄でありながら、戦後も空を飛び続けることに取り憑かれた飛行士と、彼を取り巻く人々の複雑な人間模様を、1930年代の大恐慌時代を背景に描いています。原作は、ノーベル文学賞作家ウィリアム・フォークナーが1935年に発表した長編小説『標識塔』です。主演はロック・ハドソン、ロバート・スタック、ドロシー・マローンらが務め、特に主要キャストは前年に同じサーク監督が手がけ、大成功を収めた『風と共に散る』とほぼ共通しています。このことから、本作は『風と共に散る』に続くサーク監督とスターたちのコラボレーション作品としても注目されました。

物語

物語の舞台は、世界恐慌の深刻な影響がアメリカ全土を覆っていた1930年代。多くの人々が職を失い、未来の見えない不安の中で日々を送っていました。そんな時代、新聞記者のバーク・デヴリン（ロック・ハドソン）は、各地を旅しながら様々な取材活動を行っていました。ある町で偶然目にしたのは、古びた飛行機を使った危険な曲芸飛行ショーでした。そこでバークは、かつて第一次世界大戦でめざましい戦果を挙げ、「撃墜王」として名を馳せた元英雄、ロジャー・シューマン（ロバート・スタック）と出会います。

しかし、ロジャーの現在の姿は、栄光に満ちた過去とはかけ離れていました。彼は戦後も飛行への情熱を失えず、むしろ空を飛ぶことへの執着は増すばかりでした。そのために彼は安定した生活を捨て、危険な航空ショーで生計を立て、妻や息子を各地へ連れ回す生活を送っていたのです。その破滅的な生き様は、周囲から見れば家族を犠牲にしているようにも映りました。

ロジャーの妻ラヴァーン（ドロシー・マローン）は、夫のそんな危うい生き方を深く理解し、彼を愛し続けていました。しかし、彼女自身もまた、曲芸飛行の一部として行われるスカイダイビングで生計を立てており、常に危険と隣り合わせの生活を送っています。夫への愛情と、日々の困難や不安、そして自身への問いかけの間で、彼女の心には複雑な感情が渦巻いていました。

一家には、ロジャーの古くからの友人であり、彼の飛行機整備を一手に引き受けているジッグス（ジャック・カーソン）が常に寄り添っていました。ジッグスは献身的にロジャーを支えていましたが、実はラヴァーンに対し、誰にも打ち明けることのない深い愛情を抱き続けていました。

そして、ロジャーとラヴァーンの間には、幼い息子ジャックがいました。旅芸人のように町から町へと移動する生活の中で、ジャックは常に孤独を感じていました。さらに、周囲の大人たちからは「お前の本当の父親はロジャーなのか、それともジッグスなのか」といった心ないからかいの言葉を投げかけられ、幼い心は深く傷ついていました。

バークは取材を通して、この一家の歪んだ関係性、それぞれの人物が抱える苦悩、そして彼らの間に流れる複雑な愛の形を目の当たりにします。彼は彼らの人間性に惹きつけられ、一時的に自身の部屋に彼らを泊まらせることにします。ラヴァーンと語り合う時間を過ごす中で、バークは彼女の美しさ、悲哀、そして内に秘めた強さに強く惹かれていきます。単なる取材対象だったはずのラヴァーンに対し、バークはジャーナリストとしての客観性を失い、個人的な感情を抱き始めるのです。

物語は、バークが彼らの生活に深く関わるにつれて、それぞれの隠された感情や過去が露わになり、空への執着、家族への責任、そして叶わぬ恋心が複雑に絡み合い、避けられない悲劇へと向かっていく様を描いていきます。

特徴と評価

『翼に賭ける命』は、ダグラス・サーク監督が得意とする、抑圧された感情や社会規範からの逸脱をテーマにした濃厚な人間ドラマ、特にメロドラマの傑作として位置づけられています。1930年代という時代背景が、登場人物たちの抱える閉塞感や、過去の栄光との落差を際立たせています。航空ショーという危険な世界は、彼らの破滅的な生き方や、常に死と隣り合わせである運命を象徴しています。

ウィリアム・フォークナーの原作小説が持つ、人間の内面深くにある複雑さや、過去の栄光と現在の落差といった文学的なテーマが、サーク監督の鮮やかな色彩感覚と構図、そして登場人物の心理描写によって見事に映像化されています。主演のロック・ハドソン、ロバート・スタック、ドロシー・マローンは、それぞれの役柄が抱える悲哀や葛藤を情感豊かに演じきっており、特にドロシー・マローンは、夫への愛と、別の男性への惹かれという複雑な心理を見事に表現し、観る者に深い印象を与えます。

公開当時の批評は賛否両論ありましたが、後年のダグラス・サーク監督の再評価と共に、本作の芸術性や深遠さも改めて認められるようになりました。現在では、批評家からの評価は非常に高く、映画評論サイトRotten Tomatoesでは、本作に関する11件のレビュー全てが高評価（Positive）となっており、平均点は10点満点中8.75点という高いスコアを獲得しています。これは、時代を超えて本作が持つ普遍的な魅力と、優れた映画としての価値が広く認められている証と言えるでしょう。

まとめ

『翼に賭ける命』は、ダグラス・サーク監督による、愛と苦悩、そして空への限りない情熱を描いた傑作メロドラマです。ウィリアム・フォークナーの原作に根ざした文学的な深みと、豪華キャスト陣の熱演、そしてサーク監督独自の映像表現が見事に融合し、観る者の心に深く響く人間ドラマが展開されます。1930年代という困難な時代を生き抜く人々の姿を通して、愛や家族、夢、そして失われた栄光といった普遍的なテーマが問いかけられ、時代を超えて多くの映画ファンに感動を与え続けている一作です。

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