聖ゲオルギウスと竜 (ティントレット)

作品概要

ティントレットの「聖ゲオルギウスと竜」は、ルネサンス期のヴェネツィア派を代表する画家が手がけた、聖ゲオルギウスの伝説を題材とした油彩画です。聖ゲオルギウスが竜に槍を突き刺す瞬間を描いており、王女が逃げる姿、犠牲者の死体、遠景の都市、そして天からの光など、物語を構成する様々な要素がドラマチックに表現されています。現在、ロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。

描かれている内容

画面中央では、聖ゲオルギウスが騎乗し、槍で竜を攻撃しています。竜は首を曲げて聖人を睨みつけ、激しい戦いを繰り広げています。一方、王女は恐怖に駆られ、聖ゲオルギウスとは反対方向に逃げています。画面の奥には湖の岸辺や都市の城壁が描かれ、さらに上空には雷雲を突き破って天から光が差し込んでおり、聖ゲオルギウスの祈りに応えて父なる神が姿を現しています。これらの要素が組み合わさって、物語のクライマックスを強調しています。

構図の特徴

ティントレットは、この作品を縦長のキャンバスに描いています。これは祭壇画として制作されたことを示唆しています。当時、聖ゲオルギウスと竜の主題は横長の画面に描かれることが多かったため、ティントレットは祭壇画に適した縦長の構図にアレンジする必要がありました。彼は水平線を画面の3分の2の位置に設定し、人物像を斜めに配置することで、画面に奥行きと動きを生み出しました。また、王女を最前景に配置し、鑑賞者の目を引きつけるように描いています。さらに、色彩の繰り返しや短縮法を用いることで、画面全体に統一感と躍動感を与えています。

制作過程

近年の調査によって、ティントレットのもともとの構図が絵具層の下から発見されています。初期の構図では、後景の城壁に人々が描かれていたり、王女の姿も異なっていたりしました。中景の犠牲者の死体も、初期の構図では別の場所に描かれていました。これらの発見は、ティントレットが制作過程で構図を何度も変更し、試行錯誤を重ねていたことを示唆しています。

図像の源泉

ティントレットが描いた竜と戦う聖ゲオルギウスの図像は、ヴェネツィアのレリーフ彫刻、特にピエトロ・ダ・サロが制作したレリーフ彫刻に影響を受けています。そのレリーフでは、聖ゲオルギウスの槍が竜の顎と首を貫き、馬が竜の胴を踏みつけている様子が描かれており、ティントレットはこの図像から着想を得たとされています。

来歴

この作品に関する最初の記録は、画家カルロ・リドルフィが1642年に著した芸術家伝に登場します。リドルフィは、ティントレットがサンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ聖堂のために「竜を殺す聖ゲオルギウスの祭壇画」を制作したと記しており、これが本作品である可能性があります。また、別の記録では、評議員ピエトロ・コッレールが「恐れをなして逃げる王女と、いくつかの遺体を含む、竜を殺す聖ゲオルギウス」のスケッチを所有していたとされています。この作品は、1764年までにはイギリスに渡り、後にナショナル・ギャラリーに所蔵されることとなりました。

他のバージョン

エルミタージュ美術館には、ティントレットの工房作あるいは息子ドメニコ・ティントレットによるものと考えられていた、本作の別のバージョンが所蔵されています。しかし、近年行われた修復作業によって、この作品もティントレット本人の手によるものとする意見が強まっています。

この絵画は、ティントレットの画力が際立つ作品であり、その斬新な構図と劇的な表現は、観る者に強い印象を与えます。また、ルネサンス期のヴェネツィア派の絵画を研究する上で、重要な資料となっています。

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