聖マルティンのワイン祭り

ピーテル・ブリューゲルの傑作『聖マルティンのワイン祭り』：発見から修復、そしてその意味

ピーテル・ブリューゲルによる『聖マルティンのワイン祭り』は、16世紀フランドル絵画における重要な作品です。この絵画は、1566年から1567年頃に制作されたと推定され、長らく行方不明とされていましたが、2009年にプラド美術館に持ち込まれたことで、再び世間の注目を集めることになりました。

作品の概要：混沌とした祭り、そして聖人の慈愛

この作品は、11月11日、聖マルティヌスの日に催されるワイン祭りを描いたものです。画面には、巨大なワイン樽の周りに、様々な身分の人々が群がり、ワインを巡って争奪戦を繰り広げる様子が描かれています。帽子や靴を差し出しワインをねだる者、ラッパ飲みをする者、酔いつぶれて倒れる者、赤ん坊にワインを飲ませる母親、スリをする少年など、人々の様々な姿が克明に表現されています。背景には、聖堂や市門、枯れ木に止まるカササギ、空を飛ぶ渡り鳥など、フランドルの風景が細密に描かれ、多様な要素が複雑に絡み合う構図となっています。

注目すべきは、画面右端に描かれた聖マルティヌスです。彼は自身の外套を割いて貧しい乞食に分け与える様子が描かれており、キリスト教における隣人愛の象徴として表現されています。しかし、聖マルティヌスの慈愛とは対照的に、周囲の人々はワインを求めて殺到しており、人間の貪欲さと聖人の慈愛という対比が、この絵画の中心テーマとなっています。この作品は、宗教画や世俗画という単純な分類に収まらない、道徳的な寓意画として解釈されています。

発見と修復：奇跡的な再発見と綿密な修復作業

この作品が発見された経緯もドラマチックです。2007年、ブルッヘ総合美術館群館長のマンフレット・セリンク博士が、ロンドンのオークション会社を通じてその存在を知り、スペインの大貴族メディナセリ家の所有する別荘で作品を実見しました。科学調査を経て、2009年にプラド美術館に持ち込まれ、赤外線調査によってブリューゲルの署名と制作年代が確認されました。

絵画の保存状態は非常に悪く、20世紀初頭に施されたニスや裏打ちキャンバスの補強が、絵画の劣化を進めていました。しかし、プラド美術館による綿密な修復作業により、現在ではその本来の姿を保つまでに至っています。修復過程では、ニスの除去や洗浄、そして歪んだ部分の修正などが行われ、この大作が現代に伝わる奇跡的な保存状態に回復しました。

複雑な来歴：マントヴァからスペインへ

この絵画の来歴は、17世紀初頭にマントヴァ公が購入し、マントヴァのゴンザーガ家のコレクションにあったと伝えられています。その後、18世紀初頭にはスペインの貴族ルイス・フランシスコ・デ・ラ・セルダのコレクションに含まれており、イタリアで取得され、スペインに持ち帰られたと考えられています。現在プラド美術館に所蔵されている作品が、マントヴァにあった作品と同一かどうかについては、いくつかの異説が存在しますが、現在最も有力な説として、プラド美術館所蔵の作品がブリューゲルの真作であることが広く認められています。

ブリューゲルの技法と寓意：人間の性と聖人の慈愛

『聖マルティンのワイン祭り』は、100人を超える人物が描かれており、ブリューゲルの卓越した描写力と構図構成能力が余すことなく発揮されています。人物描写の細密さ、背景の風景描写の精密さ、そして主題の寓意性の深さなど、多くの要素が組み合わさって、この作品は見るものを魅了し続けています。聖マルティヌスの慈愛という重要な主題を画面の端に配置する手法は、ブリューゲルの他の作品、例えば『イカロスの墜落のある風景』にも見られる特徴です。日常の出来事を描きながらも、深い寓意性を秘めたブリューゲルの独特な画風がよく表れています。

この作品は、単なるワイン祭りの描写にとどまらず、人間の欲望と聖人の慈悲という対比を通して、人間の性と社会を鋭く風刺した寓意画として、現在も美術史において高い評価を受けています。

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