聖家族と聖フランチェスコ、聖アンナ、幼い洗礼者聖ヨハネ

『聖家族と聖フランチェスコ、聖アンナ、幼い洗礼者聖ヨハネ』は、バロック期のフランドルを代表する画家、ピーテル・パウル・ルーベンスが1630年代初頭から中期にかけて制作した油彩画です。この作品は、聖家族、聖アンナ、そして幼い洗礼者ヨハネという、伝統的な宗教画のモチーフを組み合わせた、独創的な構図が特徴です。制作を委嘱した人物や具体的な用途は不明ですが、その芸術性の高さから、ルーベンスの円熟期を代表する作品の一つとして高く評価されています。現在、この作品はニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されており、多くの人々を魅了し続けています。

本作の画面全体から溢れるのは、穏やかで優しい雰囲気です。ルーベンス特有の、肉体のたるみや凹凸を捉えた写実的な表現、夕暮れ時を思わせる金色がかった色彩、そして母と子の愛情に満ちた触れ合いが、見る者の心を捉えます。ルーベンスは、聖家族、聖アンナ、幼い洗礼者ヨハネ、そして聖フランチェスコの幻視という、複数の主題を融合させることで、物語性を超越した普遍的な美を追求しました。中央に位置する聖母マリアと幼子イエスは、ラファエロの作品に着想を得ており、自然で調和のとれた群像を形成しています。聖母マリアはゆったりとしたポーズで、幼子イエスは聖母の膝の上で活発に動き、洗礼者ヨハネを見下ろしています。

構図の主軸を担うのは、画面左側に描かれた聖フランチェスコの存在です。彼は、鑑賞者と絵画内の人物たちの間を取り持つ仲介者として機能しています。画面左下から鑑賞者に視線を向け、対角線上に人物たちを配置することで、画面に動きと奥行きを生み出しています。このような仲介者の配置は、対抗宗教改革時代の芸術作品によく見られる特徴です。聖フランチェスコは中世の慎ましい聖人であり、鑑賞者は彼に自らを重ね合わせ、聖なる人々への信仰心を共有するように促されます。聖ヨハネの足と曲がった背中は、聖フランチェスコのポーズと呼応しつつ、構図の対角線を強調する役割を果たしています。

本作の正確な制作年は特定されていませんが、ロイヤル・コレクション（ウィンザー城）に所蔵されている同主題の作品（1620年頃-1630年頃）よりも後に描かれたと考えられています。ロイヤル・コレクションの作品では、聖アンナと聖フランチェスコを伴う聖家族が膝までの姿で描かれており、その後、キャンバスを継ぎ足して聖母マリア、聖フランチェスコ、聖ヨセフの膝下部分と、幼い洗礼者ヨハネ、そして羊が加えられています。X線調査の結果、本作の画面右側にも大幅な修正が加えられていることが判明しました。特に聖ヨハネは、後から加筆された可能性が高いとされています。これらの修正から、ルーベンスの豊かな創造性と柔軟な制作態度が窺えます。

ルーベンスは、伝統的な宗教画の主題を、独自の視点と技法で再解釈し、新たな表現の可能性を切り開きました。本作は、その代表的な作品の一つとして、今日でも多くの人々を魅了し続けています。

参考文献
『メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年』、国立新美術館、メトロポリタン美術館、日本経済新聞社、テレビ東京、BSテレビ東京、2021年刊行、ISBN 978-4-907243-20-3

外部リンク
メトロポリタン美術館公式サイト. ピーテル・パウル・ルーベンス『聖家族と聖フランチェスコ、聖アンナ、幼い洗礼者聖ヨハネ』 (英語)

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