股旅

「股旅（またたび）」とは、かつて日本各地を股にかけるように旅をして歩いた特定の人々、すなわち博徒（ばくと）や渡世人（とせいにん）、そして芸人などが送った独特の旅の形態を指す言葉です。彼らは特定の土地に定住せず、生計や生業のために常に移動を伴う生活を送っていました。博徒や渡世人は、縄張りをめぐる抗争や、いわゆる「渡世」の義理立てから各地を転々とせざるを得ない状況が多く、芸人は興行の機会を求めて旅興行を行いました。こうした旅は、現代の交通網が発達した旅とは異なり、厳しい自然環境や治安の悪さといった困難が常に伴うものでした。

股旅という言葉が広く知られるようになったのは、こうした旅人たちの生き様や、彼らが旅の途中で遭遇する出来事を題材とした物語が、文芸や芸能の世界で数多く創作されたからです。このような作品群は総称して「股旅物」と呼ばれ、日本の大衆文化において一つの重要なジャンルを形成しています。

「股旅物」に描かれるのは、多くの場合、社会の規範から外れた場所に身を置く博徒や渡世人を主人公とした物語です。彼らは義理人情に厚い反面、過去の因縁や宿命に翻弄され、孤独な旅を続ける姿として描かれることが一般的です。物語のテーマとしては、故郷への思い、親子の情愛、兄弟分の契り、女性との悲恋、敵対する組との抗争、権力への反抗、弱きを助け強きを挫くといった任侠的な要素が中心となります。寂れた宿場町や道中、時には雪深い山道などが舞台となり、主人公の心情や置かれた状況を印象的に描出します。

「股旅物」は、明治時代以降、講談や浪曲といった口演芸能で人気を博し、その後、新国劇などの演劇、大衆小説へと広がりを見せました。そして昭和期に入ると、特に映画の時代劇ジャンルにおいて「股旅物」は一つの黄金時代を迎え、多くの人気俳優が三度笠に道中合羽といった典型的な股旅姿でスクリーンに登場しました。股旅歌謡と呼ばれる主題歌や劇中歌も数多く作られ、物語の世界観を盛り上げました。こうした様々な媒体を通じて、「股旅物」は多くの人々に親しまれ、日本の大衆文化の中に深く根ざしていきました。

提供された情報にある具体的な作品としては、1973年に公開された市川崑監督の映画『股旅』があります。この作品は、従来の股旅物のイメージを踏襲しつつも、谷川俊太郎が共同で脚本を手がけ、主演に萩原健一を起用するなど、当時の新しい感覚を取り入れた意欲作として知られています。また、現代の音楽シーンにおいても、「股旅」という言葉はインスピレーションを与えています。ミュージシャンの奥田民生は、2000年に発表した自身の4枚目のオリジナルアルバムのタイトルに『股旅』を用いています。このように、「股旅」という言葉や、それが内包する世界観は、古典的な枠を超え、現代においても様々な形で表現され続けています。

かつての博徒や渡世人の旅は失われましたが、「股旅物」を通して描かれてきた義理、人情、そして旅路の悲哀といった普遍的なテーマは、時代を超えて人々の心に響き、日本の物語文化の中で特別な位置を占め続けています。

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