能代役七夕

能代役七夕とは

能代役七夕（のしろやくたなばた）は、秋田県能代市で毎年8月6日と7日に行われる伝統的な祭りです。この祭りの最大の特徴は、巨大な鯱（しゃちほこ）の飾りを載せた城郭型の灯籠が市内を練り歩く光景です。祭りの最終日には、灯籠から取り外された鯱が米代川に流され、その幻想的な光景が人々を魅了します。

祭りの起源と五町組

能代役七夕は、江戸時代に確立した能代の住民自治組織である五町組（ごちょうぐみ）制度と密接な関わりがあります。五町組とは、能代の主要な五つの町（清助町、後町、大町、上町、万町）を中心に構成された組織で、各町が「若」と呼ばれる祭りの実行団体を組織し、交代で祭りを運営してきました。この五町組のローテーションは5年で一巡し、その年の当番となった町組のみが灯籠を出し、他の町組は観客として祭りを楽しみます。また、各町組によって灯籠の運行コースが異なるため、毎年異なるルートで祭りが開催されるのも特徴です。

役七夕の名称の由来

「役七夕」という名称は、祭りに参加する人々が役職を割り当てられ、厳格な上下関係を守っていたことに由来するとも言われます。しかし、記録上「役七夕」という言葉が初めて登場したのは1897年（明治30年）で、当初は当番町の出す灯籠そのものを指していました。それ以前は、「ねぶ流し」や「ねむり流し」などと呼ばれていたようです。

ねぶながし（ねぶ流し）の名称について

能代の七夕は、もともと「ねぶ流し」などと呼ばれていました。1996年（平成8年）には、秋田県教育委員会によって県の選択無形民俗文化財に「能代のねぶ流し行事」として選択されています。昭和期には、観光協会主導で「能代ねぶながし」という観光七夕も行われましたが、役七夕とは異なるイベントとして、再開と中断を繰り返しています。

灯籠について

役七夕の灯籠は城郭型で、上部の鯱飾りが特徴です。この様式は、天保期に地元の宮腰屋嘉六が制作した名古屋城天守を模した灯籠が人気を博したことがきっかけで広まったと言われています。しかし、昭和戦後になると電線対策のため、灯籠全体の高さを抑え、鯱飾りを後ろに倒す工夫がされるようになりました。この変化は、鯱の大型化と、迫力ある「鯱流し」を生み出すことにも繋がりました。

天空の不夜城とこども七夕

能代の七夕行事には、役七夕の他に、「天空の不夜城」と「こども七夕」という2つの祭りがあります。「天空の不夜城」は、役七夕に先立つ8月3日、4日に行われる観光イベントで、巨大な灯籠が市中心部を運行します。この灯籠は、かつての姿を復元したもので、高さは日本一を誇ります。一方、「こども七夕」は、8月2日に行われる子供向けの祭りで、子供たちが制作した個性的な灯籠が街を彩ります。

五町組制度の詳細

五町組の成立

能代役七夕を支える五町組制度は、江戸時代中期に成立しました。能代では、住民の職業や商売ごとに町が分けられるのではなく、様々な人々が混在して住んでいました。そのため、各町が協力して税や労役を公平に分担する習慣が形成され、その中で五町組が誕生しました。五町組は、親町と呼ばれる有力な五つの町と、それらに付属する枝町で構成されており、親町と枝町は規模のバランスを保つために何度か組み替えが行われました。

親町と枝町の役割

役七夕では、町組を単位として祭りの当番が輪番で巡ってきます。それぞれの町は、祭りを運営する組織として「若」を結成し、町名と組み合わせて（例：大町 - 大若）呼ばれます。当番の町組の中では、さらに大丁（おおちょう）と呼ばれる当番町が決められ、祭りの中心的な役割を担います。大丁以外の町は加勢丁（かせいちょう）として、大丁をサポートします。この大丁の順番は町組ごとにあらかじめ決められており、各町が順番に当番を務めます。そのため、一つの町が当番を務めるのは20年に一度ということもあります。

大丁と加勢丁

大丁は、祭りの諸事を決定し、加勢丁を主導します。灯籠の鯱飾りにも大丁と加勢丁の違いが表れており、大丁の鯱は尾がギザギザしており、加勢丁の鯱は丸みを帯びています。また、枝町が大丁を務める場合には、親町から正式な要請を受ける必要があります。大丁の役割は、町組によって多少異なり、大町組では当番町を「親丁」と呼び、町組の中の親町を「大丁」と呼ぶなど、用語の意味が逆転している場合もあります。

若について

「若」とは、祭りに参加する各町の住民有志の組織です。若の内部は階級的な組織になっており、灯籠の曳き手や演奏者である「若者」、祭りを統括する「若長（わかおさ）」、さらに若長を引退した「後見（こうけん）」などの役職者で構成されます。若長になるためには、家柄や一定の条件を満たす必要がありましたが、近年は民主的な運営が求められるようになっています。また、若長の中にも、幹事長や応接若長など様々な役職があり、それぞれ役割や責任が異なります。

若の組織形態

「若」には、七夕灯籠の制作・運行のための資金を若長以上の役職者が拠出し、人事も町内会が関与しない「若長七夕」と、町内会も人事に関わり資金も拠出する「町内七夕」という2つの形態があります。また、七夕における町割りと、現在の町内会や行政上の町名とは一致しない場合もあるため、町内七夕として参加する際には、町内会連合が参加の可否を決定します。

祭りの流れ

会所開き

役七夕の行事は、8月1日の会所開きから始まります。各町の会所に祭壇が設けられ、代表者が日吉神社で祈祷を受けます。その後、御幣を各会所に持ち帰り、灯籠の鯱飾りに取り付けます。また、大丁を務める町から使者が各町を訪れ、正式に加勢を要請します。

魂入れ

かつては会所開きとともに灯籠の制作が行われていましたが、現在では灯籠をリース会社から借りるため、代わりに鯱の魂入れが行われます。御幣を取り付けた後、鯱に目を書き入れ、灯籠に取り付けることで完成となります。

廻丁

8月6日には、七夕灯籠が町内を練り歩く廻丁（かいちょう）が行われます。灯籠の行列は、田楽灯籠、太鼓、笛吹きに始まり、灯籠を引く若者たちが続きます。若長などの役職者は、灯籠の周りを随伴し、担木若長は灯籠に乗って観客に挨拶をします。また、後見などの役職者はトラックの荷台に乗って続きます。夕刻には、町組内を巡る全廻丁が行われ、太鼓の揃い打ちの後、解散式が行われます。

鯱流し

祭りの最後を飾るのが、7日夜に行われる鯱流しです。灯籠から取り外された鯱は、米代川に浮かべられ、火がつけられて流されます。この幻想的な光景が、祭りの終わりを告げます。

祭りの歴史

初期の祭り

能代の七夕の起源は諸説ありますが、文献上の初出は1741年（寛保元年）に記された『代邑聞見録』です。そこには、子供たちが「ねぶ流し」という行事を行い、灯籠を持って練り歩いた様子が記されています。また、文化年間の『風俗問状答』には、趣向を凝らした華やかな七夕灯籠が描かれており、祭りがある程度組織化されていたことが伺えます。

「ねぶり流し」から「役七夕」へ

五町組と七夕の関わりは、幕末期には確立していたと考えられます。当初、「ねぶ流し」と呼ばれていた祭りが、明治時代には「役七夕」という名称で呼ばれるようになり、当番町が出す灯籠を指す言葉から、祭り全体の名称へと変化していきました。しかし、この時期にも当番以外の町が加勢するケースが見られました。

七夕を巡る悪習との相克

七夕を巡っては、古くから町同士のトラブルが絶えませんでした。争闘や暴力行為、寄附の強要などが頻発し、時には警察官が負傷する事件も発生しました。また、寄附金を濫費するなどの問題もあり、明治末期から七夕改革論が登場しました。大正時代には町営七夕が試みられましたが、町民の支持を得られず、元の町組による催行に戻りました。

昭和期の七夕改革論

昭和期に入っても、七夕を巡る悪習は根絶せず、改革の必要性が叫ばれました。戦後は、新暦8月に行われるようになり、事業所からの七夕も登場しました。しかし、負担が大きいことから、七夕改革論が再浮上しました。また、女性の社会進出を背景に、寄附の強要を排除する声も高まりました。

観光化への模索と挫折

1950年代に入ると、七夕を観光資源として活用する動きが生まれました。しかし、五町組が旧市街地に限定されていることや、運営方法に課題があるとして、改革が求められました。七町組への改組案も出されましたが、各町組からの反対で実現しませんでした。一方、清助町組の分裂が解消するなど、内部からの変革も起こりました。また、観光協会主導で「能代ねぶながし」が開始されましたが、役七夕との連携がうまくいかず、消長を繰り返しました。

「能代ねぶながし」から「天空の不夜城」へ

地域人口の減少と高齢化が深刻化する中、観光による地域活性化を目指して、2013年に「天空の不夜城」が始まりました。巨大な灯籠が話題を呼び、観光客を呼び込むことに成功しました。しかし、運行形式のマンネリ化や、経済効果の波及が課題として指摘されています。また、役七夕の関係者との感情的なしこりも指摘され、今後の関係構築が課題となっています。

灯籠の詳細

能代の七夕灯籠は、城郭型が基本で、最上部に鯱の飾りがあります。灯籠は、鯱、本丸御殿、隅御殿、雲灯籠、松灯籠、花灯籠、波灯籠から構成されています。花灯籠には、日吉神社と八幡神社の社殿が描かれています。また、「天空の不夜城」の灯籠「嘉六」は、明治後期の大型灯籠を復元したもので、役七夕の灯籠とは構成が若干異なります。もう一つの大型灯籠「愛季」は、安東愛季の生涯を武者絵風に描いたもので、伝統的な様式とは異なります。

補遺

能代の七夕灯籠は、天保期に宮腰屋嘉六によって制作された名古屋城天守を模した灯籠が原型とされています。この灯籠は、後に電線対策のため高さを抑えられ、鯱飾りが大型化しました。しかし、この変化は、灯籠の物語性を遠ざけることにも繋がったとされています。しかし、鯱の大型化は、鯱流し行事に迫力をもたらし、祭りの見どころの一つとなっています。

脚注・参考文献

本記事は、以下の文献やウェブサイトを参考に作成しました。

能代市史編纂委員会 編『能代市史稿 第三輯』
北羽新報社 編『能代のあゆみ ―ふるさとの近代』
北羽新報社 編『能代30年の歩み―　戦後の証言』
能代のねぶ流し行事 記録作成委員会 編『眠流し行事 能代役七夕』
長岡幸作『郷土史の窓 能代湊・桧山周辺史話』
能代市史編さん委員会 編『能代市史 特別編 民俗』
能代市 編『能代市史 通史編II 近世』
『秋田県 能代市の伝統文化』
能代市ウェブサイト
能代市議会議事録

これらの資料には、能代役七夕の歴史、五町組制度の詳細、祭りの流れ、そして、七夕灯籠について詳しく解説されています。

関連項目

七夕
五所川原立佞武多

外部リンク

能代役七夕（ねぶながし）（能代伝統文化活性化実行委員会）
能代ねぶながし（能代観光協会）
* 能代七夕「天空の不夜城」公式サイト

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