自来也説話

『自来也説話』は、江戸時代文化3年（1806年）に感和亭鬼武によって著された読本です。全10巻から成るこの作品は、忍術を駆使する義賊、自来也の活躍を描いた物語として知られています。

主人公である自来也は、忍び込んだ屋敷の壁などに「自来也（みづからきたるなり）」と書き残すことからその名で呼ばれています。この名前と行動様式は、中国の沈俶による『諧史』に登場する盗賊「我来也（がらいや）」から着想を得て創作されたと考えられています。

物語は、自来也の正体が小笠原氏の末裔である三好家浪士の尾形周馬寛行であると設定されています。彼は、妙香山の仙人から蝦蟇の妖術を学び、その力を用いて悪を懲らしめます。

物語の中心となるのは、自来也が父を鹿野苑軍太夫に殺された武士、勇侶吉郎の敵討ちを助ける場面です。鹿野苑軍太夫は、西天艸の力によって不死身の体を得ているとされています。自来也は、高い忍術の技量と蝦蟇の妖術を駆使し、この強大な敵に立ち向かいます。

『自来也説話』は、単なる勧善懲悪の物語にとどまりません。義賊としての自来也の行動や、その背景にある武士の悲劇、そして超自然的な要素の導入など、多様な要素が複雑に絡み合っています。この物語は、当時の社会情勢や価値観を反映していると考えられ、歴史的・文化的な考察の対象としても注目に値します。

さらに、『自来也説話』は後世への影響も大きく、文化4年（1807年）には大坂で歌舞伎に脚色されています。また、「自来也」の名は、天保10年（1839年）から明治元年（1868年）にかけて刊行された合巻『児雷也豪傑譚』の主人公の名前「児雷也」の創作に影響を与えたと考えられています。

『児雷也豪傑譚』は、自来也と同様に忍術を用いる義賊を描いた作品であり、「じらいや」という忍者の呼び名の元祖と言える『自来也説話』の系譜を継いでいると言えるでしょう。

蹄斎北馬による挿絵も、この作品の魅力を高めています。鮮やかな色彩と躍動感あふれる描写は、読者の想像力を掻き立て、物語の世界観をより深く理解する助けとなります。挿絵は単なる装飾ではなく、物語の重要な一部として機能していると言えるでしょう。

『自来也説話』は、江戸時代の読本の中でも特に人気が高く、現代においても多くの読者から愛されています。その魅力は、時代を超えて人々の心を捉える、普遍的なテーマと、巧みなストーリー展開、そして美しい挿絵にあると言えるでしょう。歴史的背景、物語の内容、そしてその後の影響まで含めて、多角的に考察することで、『自来也説話』の真価を理解することができるでしょう。

もう一度検索