自由アチェ運動

自由アチェ運動（GAM）とは

自由アチェ運動（Gerakan Aceh Merdeka, GAM）は、インドネシアのアチェ州の分離独立を目的とした武装組織です。スハルト政権下では「治安撹乱分子」と見なされていました。正式名称はアチェ・スマトラ民族解放戦線（ASNLF）ですが、一般的には「自由アチェ運動（GAM）」として知られています。1976年の結成以来、インドネシア中央政府および国軍との間で長年にわたり武力闘争を続けましたが、2005年8月にヘルシンキ和平合意によってインドネシア政府と和平を結びました。

GAMの歴史

設立の背景

インドネシア独立戦争において、アチェ州はオランダ軍の上陸を阻止し、義勇軍を派遣するなど大きな貢献をしました。しかし、戦後、イスラム指導者のダウド・ブルエが、独立戦争の貢献に見合う地位と権限をアチェに要求し、武装反乱を起こしました。当時、インドネシアではダルル・イスラム運動が展開されており、ダウド・ブルエはアチェもその一部となることを宣言しました。その後、インドネシア・イスラム国アチェ構成国を樹立しましたが、インドネシア政府によって鎮圧されました。1959年、スカルノ大統領はアチェを「特別州」に指定しましたが、スハルト政権下でアチェ州の自主性は抑制されました。1971年には、アチェで大規模な天然ガス田が発見されましたが、その開発の主導権はインドネシア政府が握ったため、アチェの人々の不満が高まり、独立運動につながっていきました。

設立

GAMの最高指導者ハッサン・ティロは、ダルル・イスラム運動に関わっており、インドネシア・イスラム国の国連大使を名乗っていました。彼はパスポートを剥奪されましたが、1974年に帰国を認められました。1976年、GAMが結成され、アチェの独立を宣言しました。ハッサン・ティロは、ダウド・ブレエの支持を受けていたとされています。翌年、政府がGAMの存在を把握し、鎮圧を進めました。ハッサン・ティロは国外へ脱出し、スウェーデンに亡命しました。

活動再開とDOM時代

1980年代半ば、アチェでGAMの活動が再活発化しました。ゲリラ兵士が集められ、リビアで軍事訓練を受けるなど、武装蜂起の準備が進められました。GAMの活動は過激化し、国軍からの武器強奪やジャワ人移住者への脅迫などを行っていました。1989年、アチェ州は「軍事作戦地域」（DOM）に指定され、国軍の部隊が投入されました。1992年までに主要なゲリラ幹部は逮捕または射殺され、掃討作戦は成功したとみなされました。

しかし、1998年にスハルト政権が退陣した後、DOM下で深刻な人権侵害が行われていたことが判明しました。DOM指定は解除されましたが、アチェ州では治安が悪化し、GAMの活動が再び活発化しました。軍と警察は治安維持・回復作戦を実施しましたが、住民の支持を得られず、批判を受けました。これにより、GAMはアチェ全域に活動範囲を広げました。

難航する和平への道

2000年、中央政府とGAMの間で一時的な停戦合意が結ばれましたが、戦闘行為に関する細則が定められていなかったため、すぐに破綻しました。2001年8月にはアチェ州特別自治法が制定されましたが、GAMはこれを認めず、その後も散発的に抗争が発生しました。

2002年、GAMはインドネシア政府と和平協議を継続することになり、停戦に向けた対話を促進する共同声明に調印しました。しかし、その後も小競り合いが続き、和平交渉は難航しました。

敵対行為の停止に関する枠組み合意（COHA）締結

2002年12月、GAMとインドネシア政府は、9カ条の和平協定「敵対行為の停止に関する枠組み合意（COHA）」に調印しました。しかし、COHAはすぐに破綻し、武力衝突が続きました。2003年5月、メガワティ大統領はGAMに最後通牒をしましたが、GAMはこれに応じず、軍事作戦が開始されました。軍事作戦は長期化し、多くの犠牲者を出しました。

スマトラ沖地震とヘルシンキ和平合意

2004年12月26日、スマトラ沖地震が発生し、アチェ州は甚大な被害を受けました。この災害が和平への転機となり、GAMは中央政府への態度を軟化させました。2005年1月から7月にかけてヘルシンキで和平交渉が行われ、8月15日にインドネシア政府とGAMの間でヘルシンキ和平合意が締結されました。この合意によって、GAMの軍事部門は解散し、元戦闘員らの受け入れ先としてGAMアチェ移行委員会（KPA）が設立されました。

和平後の政治参加

和平合意により、GAMはアチェの政治に参加することが可能になりました。しかし、GAM指導部の中では政治参加について意見対立が発生しました。2006年のアチェ州知事選挙では、GAM内部の対立が表面化し、複数の候補者が擁立されました。最終的に、若手幹部のイルワンディ・ユスフが当選しました。

2007年、GAMはアチェ独立運動党（Partai GAM）を結党しましたが、その後、党名変更や分裂を経て、アチェ党とアチェ国民党の2党に分かれました。

GAMの分裂

2009年州議会選後、アチェ州正副知事と党幹部の間で対立が発生しました。2011年12月、アチェ州知事のイルワンディ・ユスフがアチェ国民党を結党し、GAMは分裂しました。2012年の州知事選では、アチェ党の公認候補になれなかった現職知事ユスフも無所属で出馬しましたが、ザイニ・アブドゥラが州知事に当選しました。その後も、アチェ党内部の対立が続き、2014年には州知事と副知事の間で支持政党を巡る対立が発生しました。

主要人物

• - ハッサン・ディ・ティロ：最高指導者。
• - アブドゥッラー・シャフィイ：軍司令官。
• - イルワンディ・ユスフ：2006年の選挙でアチェ州知事に当選。
• - ザイニ・アブドゥラ：2012年にアチェ州知事に当選。
• - ムザキル・マナフ：元軍事司令官、アチェ移行委員会委員長、アチェ党党首。

主張・方針

GAMはアチェ州の分離独立の根拠として、アチェ王国の主権委譲の経緯を主張していました。アチェ王国がオランダに投降した際、主権を委譲する手続きが行われておらず、アチェ王国はオランダ領東インドに組み込まれていないと主張しました。

また、アチェの政治的地位はアチェ住民による直接投票で決定するのが最良だと主張し、住民投票実施のキャンペーンを行いました。

評価

東京大学の西芳美の研究によれば、GAMは、スハルト政権崩壊後に勢力を拡大し、インドネシア政府との対話が開始されたにもかかわらず、泥沼化した分離独立運動でした。また、拓殖大学の井上治によれば、アチェの人々がGAMを支持したのは中央政府や国軍への不信感が理由であり、和平合意後にGAM内部で亀裂が生じたのは必然的な結果だと述べています。


以上が、自由アチェ運動（GAM）に関する詳細な説明です。

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