自画像 (レオナルド・ダ・ヴィンチ)

レオナルド・ダ・ヴィンチの『自画像』

レオナルド・ダ・ヴィンチの『自画像』とされるドローイングは、1510年頃に描かれたとされ、トリノ王立図書館に所蔵されています。赤チョークで描かれたこの作品は、長髪と波打つ長いひげを蓄えた老人の頭部が特徴的です。深い知性を感じさせるその姿は、ルネサンス期の肖像画としては珍しい表現です。額から眉にかけての深い皺や垂れ下がった下まぶた、ほうれい線などが、老年の特徴を捉えています。視線は鑑賞者とは交差せず、厳粛な雰囲気を醸し出しています。

このドローイングは、明瞭な輪郭線と左手によるハッチングで陰影が表現されています。使用された紙は経年劣化により茶色く変色しており、保存状態も良くないため、常設展示はされていません。研究者たちは、紙を傷つけずにドローイングの状態を解析することに苦心してきました。その結果、保存状態の悪化が作品の価値を損ない、永続的な保存が困難であることが報告されています。

モデルを巡る論争

このドローイングがレオナルドの自画像だと認識されるようになったのは19世紀以降です。その根拠は、ラファエロの『アテナイの学堂』に描かれたレオナルドをモデルとするプラトンの肖像画と、このドローイングの人物が似ていること、そして作品の質の高さでした。また、ジョルジョ・ヴァザーリの著書『画家・彫刻家・建築家列伝』の口絵のレオナルドの肖像が、このドローイングの人物に似ていることも、その説を裏付ける根拠とされてきました。

しかし、このドローイングがレオナルドの自画像であることには異論も存在します。多くの専門家が、描かれた人物がレオナルドの年齢よりも老けて見えること、また、このドローイングが描かれたとされる年齢（58歳から60歳頃）よりも、老齢の印象を受けることを指摘しています。そのため、このドローイングのモデルは、レオナルドの父ピエロや叔父のフランチェスコである可能性も示唆されています。

その他のレオナルドの肖像画

レオナルドの肖像画は、この赤チョークのドローイング以外にも存在します。弟子のフランチェスコ・メルツィが描いたとされるドローイングや、ラファエロ・モルガンの銅版画には、老年期のレオナルドの姿が描かれています。また、師であるヴェロッキオの彫刻ダヴィデ像は、徒弟時代のレオナルドがモデルになったと考えられています。

さらに、レオナルド自身が描いた『東方三博士の礼拝』の右下に描かれた若者は、自画像である可能性が指摘されています。また、ルカ・パチョーリの著書『神聖比例論』の挿絵にも、レオナルドの自画像が含まれているという説があります。

これらの作品は、レオナルドの生涯と芸術を理解する上で、重要な手がかりとなります。自画像とされる赤チョークのドローイングは、その真偽を巡る議論はあるものの、レオナルドという人物を象徴する重要なアイコンとして、今日まで広く認知されています。

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