自衛隊に入ろう

「自衛隊に入ろう」：風刺と誤解に揺れたフォークソング

「自衛隊に入ろう」は、日本のフォークシンガー、高田渡が発表した楽曲です。彼の代表曲の一つとして知られ、発表当時の社会情勢や、風刺がはらむ複雑な影響を色濃く反映した作品として、日本の音楽史にその名を刻んでいます。

楽曲誕生の背景

この楽曲の原曲は、1962年にアメリカのフォークシンガー、ピート・シーガーが発表した「アンドーラ」です。これは、マルビナ・レイノルズが作詞したもので、小国アンドラを引き合いに出してアメリカ合衆国の軍事的な姿勢を風刺する反戦歌でした。

高田渡は、1968年8月9日から11日にかけて京都の山崎「宝積寺」で開催された第3回関西フォークキャンプに参加した際、この「アンドーラ」のメロディを用いて「自衛隊に入ろう」を初めて披露しました。会場の観客は、その内容に強い衝撃を受け、楽曲は大きな注目を集めました。この反響が、高田渡のレコードデビューへと繋がる重要な契機となったと言われています。

その後、1969年4月にURCレコードより発売されたアルバム『高田渡/五つの赤い風船』に収録され、同年12月にはシングルとしても正式にリリースされました。

歌詞に込められた真意と反響

高田渡は、原曲「アンドーラ」のメロディに、当時の街頭で熱心に行われていた自衛隊の隊員募集の際に使用されていた宣伝文句をそのまま歌詞として乗せました。「国のため」「人のため」「立派になれる」といった、一見すると真面目な勧誘歌のような言葉が並びます。

しかし、これは額面通りに受け取るべき歌ではありませんでした。当時の社会情勢や高田渡というアーティストのスタンスを知る人々にとって、この歌詞は、自衛隊という組織や、それを無批判に受け入れる社会に対する、鋭い逆説的な皮肉、すなわち強烈な風刺として響きました。

この楽曲は1968年にTBSの番組で放映された際、意外な反響を呼びます。なんと、当時の防衛庁（現在の防衛省）から「自衛隊のPRソングとして採用したい」というオファーがあったというのです。高田自身は後年、この出来事を振り返り、「皮肉が全く通じていない、本当に真に受けているのだな」と呆れたと語っています。

楽曲の封印と放送を巡る動き

防衛庁からのオファーがあった後も、高田渡はこの出来事を逆手に取るかのように、ライブなどでこの歌を歌い続けました。しかし、事態は高田の意図しない方向へ進みます。歌詞の表面的な内容だけを純粋に受け止め、「この歌に感動して自衛隊に入隊した」という人が現れたのです。高田は、自身の皮肉がこのように誤解され、現実の行動に繋がったことに衝撃を受け、この楽曲を公の場で歌うことを実質的に封印しました。

高田自身は後に、「あの歌は、最初から特定の思想に偏らず、右派にも左派にも、あるいは聴く人それぞれが自由に、そして意図的に誤解できるように作ったものだ」と、複雑な心境を交えながら述懐しています。

この楽曲は、1970年2月6日には日本民間放送連盟による要注意歌謡曲の審査対象となりました。しかし、審査の結果、「流行する可能性が低い」「各放送局の判断に委ねる」という理由から、正式な要注意歌謡曲としての指定は回避されました。一方で、実際には多くの放送局で自主的に放送が敬遠され、「実質的には放送禁止扱いに近かった」とする指摘も少なくありません。なお、現在、この要注意歌謡曲指定制度そのものは効力を失っています。

ジャーナリストの森達也が著作『放送禁止歌』の中で高田渡に取材した際、防衛庁からのオファーや放送自粛の経緯について尋ねると、高田が言葉を濁す様子が見られたと記しています。森は、そこから、この楽曲が単なる風刺や皮肉の表現を超え、高田にとって複雑で思い出したくないニュアンスを含んだ出来事であったのではないかと考察しています。

その他の情報

シングル盤は1969年に発売され、1983年にはシングル「酒が飲みたい夜は」のB面としても再び収録されました。
シングル盤の裏ジャケットには、当時の日本地図上に米軍と自衛隊の配置図が掲載されており、楽曲の背景を物語っています。
シングルに収録されたB面の楽曲「東京フォークゲリラの諸君達を語る」は、1969年8月17日に京都円山公園で開催された第四回フォークキャンプコンサートでのライブ録音音源です。
この楽曲は、後世のアーティストにもカバーされています。代表的な例として、ガガガSP（2001年）、渋さ知らズなどがあり、他にもソウル・フラワー・ユニオン、なぎら健壱、坂崎幸之助、PANTAなどがライブでカバーしています。

「自衛隊に入ろう」は、単なる歌という枠を超え、発表当時の日本の社会状況、そしてアーティストの意図と受け手の解釈の乖離、さらには表現の自由や放送のあり方といった様々な側面を内包した、稀有な作品として記憶されています。

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