放送禁止歌

『放送禁止歌』は、ノンフィクション作家であり映画監督でもある森達也氏が手掛けたドキュメンタリー作品です。この作品は、1959年に日本民間放送連盟（民放連）が制定した要注意歌謡曲指定制度によって、放送が禁止された楽曲に焦点を当てています。

このドキュメンタリーは、フジテレビの深夜番組『NONFIX』で1999年11月に初放送されました。当初のタイトルは『「放送禁止歌」〜歌っているのは誰？ 規制しているのは誰？〜』で、番組の制作過程は書籍としてもまとめられました。書籍版は2000年7月に解放出版社から刊行され、デーブ・スペクター氏が監修を務めました。その後、2003年6月には加筆修正が施され、光文社文庫から文庫版が発売されています。

作品では、これらの楽曲がなぜ放送できなくなったのか、そしてこのような制度がどのようにして生まれたのかについて、多角的な視点から検証が行われています。楽曲を歌ったアーティスト、放送局関係者、民放連職員、そして部落解放同盟など、様々な立場の関係者にインタビューを行い、自主規制の背景を深く掘り下げています。また、番組内では、それまで自主規制によって放送できなかった「放送禁止歌」が、局内での調整を経て実際に放映されました。

番組で取り上げられた主な楽曲には、高倉健さんの「網走番外地」、フォーク・クルセダーズの「イムジン河」、ピンク・レディーの「S・O・S」などがあります。「S・O・S」は、楽曲の冒頭に登場するモールス信号が、航海中の船舶で本物と誤認される放送事故が起きたため、該当部分がカットされました。この事例は、性的な歌詞が問題となったわけではないことを示しています。

また、高田渡さんの「自衛隊に入ろう」は、プロテストソングとして制作されましたが、その皮肉が伝わらず、当時の防衛庁からPRソングとして使用したいという申し出があったというエピソードも紹介されています。

渡辺はま子さんの「支那の夜」は、楽曲のタイトルに使われている「支那」という言葉が蔑称とみなされたため放送禁止となりました。また、朴保さんの「傷痍軍人の歌」、高田渡さんの「スキンシップ・ブルース」、赤い鳥の「竹田の子守唄」なども、様々な理由で放送禁止となりました。「竹田の子守唄」は、歌詞の内容が被差別部落を指しているとされ問題となりましたが、元々は京都の被差別部落内の伝承歌を採譜したもので、部落解放同盟の合唱団でも歌われていました。

岡林信康さんの「手紙」も、部落問題を扱った歌詞が問題視されましたが、森監督の取材によると、部落解放同盟は歌詞に抗議した事実はなく、むしろ同盟の主張に沿ったものとして好意的に捉えていたといいます。ドキュメンタリー番組では、歌詞を省いた音声のみが流されましたが、現在では通信カラオケにも普通に収録されています。

北島三郎さんの「ブンガチャ節」や、なぎら健壱さんの「悲惨な戦い」も、歌詞の一部が問題視されました。光文社文庫版には、これらの楽曲に加えて、原由子さんの「I Love Youはひとりごと」や、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの「雨を見たかい」、ジョン・レノンの「イマジン」など、多数の楽曲が掲載されています。これらの楽曲が、性的な歌詞、差別的な表現、政治的なメッセージなど、様々な理由で放送禁止となった経緯が詳しく解説されています。

この作品は、単に放送禁止となった楽曲を紹介するだけでなく、表現の自由や自主規制の問題、そして社会における差別や偏見といった、現代社会にも通じる様々なテーマを深く掘り下げています。森達也監督の丁寧な取材と鋭い視点が、多くの視聴者や読者に深い印象を与えました。

このドキュメンタリーは、放送規制という現象を起点に、社会における多様な価値観や権力構造について考えさせる、非常に重要な作品であると言えるでしょう。

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