航技研 VTOL実験機

VTOL実験機

VTOL実験機（ブイトールじっけんき）は、日本の航空宇宙技術研究所（航技研、現在のJAXAの一部）が、1970年代に推進した実験用垂直離着陸機（VTOL機）の開発計画です。リフトジェット方式を採用する予定でしたが、実機が製造されるには至らず、計画は途中で中止されました。この計画は、日本の航空技術におけるVTOL研究の重要な一歩となるはずでした。

計画の経緯

航技研では、既に1960年代初頭からV/STOL（垂直短距離離着陸）機の研究を進めており、1962年（昭和37年）に設けられた「V/STOL委員会」が策定した年次計画に基づき、研究は段階的に進められていました。VTOL実験機計画は、1967年度以降に研究される第3段階の一部として位置づけられ、先行して行われたフライングテストベッドによる試験の成果を踏まえて、より進んだ高速V/STOL実験機の飛行試験を目指すものでした。

フライングテストベッドでの実験が一段落した後、1970年（昭和45年）頃からVTOL実験機の具体的な試作研究に向けた検討が開始されました。そして、1973年度からの5年間で計画を実施することが決定されました。計画の初期段階では、1973年度、1974年度を中心に、機体の外形案など概念設計作業が繰り返し行われました。設計の妥当性を検証するため、航技研の突風風洞施設を用いて、1/10スケールの模型を使った詳細な風洞実験も実施されています。また、航空機メーカーである富士重工業（現在のSUBARU）もこの計画に関与し、初期的な設計作業を受注するとともに、要素技術に関する一部の実験を進めるなど、官民協力の形で開発が進められていました。

しかしながら、計画の進行中に発生した1973年の第一次オイルショックが暗い影を落とします。世界的な原油価格の高騰は日本経済にも大きな影響を与え、国の財政にも制約が生じました。防衛や航空関連の予算も例外ではなく、この予算上の問題により、VTOL実験機計画は詳細な設計図が完成する前に、やむなく中止されることとなりました。結果として、計画された実機が実際に製造され、空を飛ぶことはありませんでした。

機体設計案（1974年度案）

計画されたVTOL実験機は、当時の航空自衛隊の練習機T-1をベースに構想された、有人の小型ジェット機でした。この機体の主な研究目的は、垂直に離陸して空中で停止（ホバリング）した状態から、水平飛行へとスムーズに移行する「遷移飛行」の技術を確立することに重点が置かれていました。

1974年度にまとめられた設計案には、具体的な機体構成が示されています。最も特徴的なのは、そのエンジン配置です。垂直離着陸のためのリフト用エンジンとして、航技研が独自に開発を進めていたJR100系ターボジェットエンジンを改良した「JR100V」が採用される予定でした。このJR100Vは、オリジナルのJR100系に比べて推力を約10%向上させ、さらに整備性を考慮して形状が変更された型式です。このリフト用エンジンJR100Vが4基、機体の胴体中央部に一列に配置される計画でした。

水平飛行のための推進力は、機体後方に搭載されるゼネラル・エレクトリック（GE）製の「CJ610」ターボジェットエンジン1基によって賄われます。このCJ610エンジンは、推進力としての役割だけでなく、必要に応じてリフトエンジンを空中で再始動させるための空気源としても利用されるという構想でした。推進用エンジンの他にも、機内システムへの電力供給などを担う補助動力装置（APU）も搭載される予定でした。

機体の制御に関しても、垂直離着陸時やホバリング状態での安定性を確保するため、自動安定装置が備えられる計画でした。また、リフトエンジンを飛行中に緊急で始動させる必要がある場合などを想定し、自動始動システムも搭載される予定でした。

計画諸元（1974年度案・計画値）

1974年度の設計案に基づいた、計画段階での主要な性能諸元は以下の通りです。

全長：11.54 m
全幅：10.05 m
全高：4.32 m
全備重量：4,500 kg
エンジン：
リフト用：航技研 JR100V ターボジェットエンジン（推力：1,181 kg） × 4基
推進用：GE CJ610 ターボジェットエンジン × 1基
航続時間：48分
* ホバー時間：7分

VTOL実験機計画は、日本の航空技術が垂直離着陸という先進的な分野に挑戦しようとした意欲的な試みでした。計画は実機製造に至らず中止となりましたが、この過程で得られた設計や研究の知見は、その後の日本の航空宇宙技術開発に少なからず影響を与えたと考えられます。

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