般若の面

般若の面について

般若の面（はんにゃのめん）は、能面の一種であり、特に女性の嫉妬や恨みを表現した怨霊の面です。この面は、能の演目『葵上』や『道成寺』、『黒塚』などで使用されており、観客へ強い印象を与える役割を担っています。

様式美と造形

般若は、鬼の女の面であり、その特徴は複雑でありながらも一目で理解できる形状をしています。面の額には金泥で塗られた長い二本の角が特徴的で、頭頂部には左右に分かれた乱れた髪が描かれています。この髪は、彼女の激しい感情を表現するために、特に意図的に乱されたスタイルとなっております。また、眉は実際の眉よりも高い位置に描かれ、視線を金色の目で強くにらみつけます。口元は大きく開かれ、下の歯と二対の牙が現れ、怒りの象徴とも言える鋭さを持っています。

この面には、上半分が悲しみに沈んだ表情をし、下半分が激しい怒りを表すという二面性があります。この造形は、恨みや嫉妬に揺れる鬼女の心情を象徴していると解釈されています。肌は肉色に彩色されており、役柄や演目に応じて、白っぽい肉色から濃い肉色まで使い分けられます。

歴史的背景

般若面に関する最古の史料は『申楽談儀』（1430年）であり、ここでは面の種類として「般若」という名称は見当たりません、ただし、表現されている演目には、般若に似た鬼女面が用いられていたと考えられます。面の種類の発展が進んだのは16世紀以降で、1580年代から1610年代に活動した下間仲孝の著作の中で、「般若」の名が記録されています。

この面の名前の由来については様々な説が存在します。最もよく知られているのは、「般若坊」という僧侶が創作したというものですが、研究者の野上豊一郎はこれを否定し、当時から伝わっていた他の面打ち師の作品との技法的な相違が見られないことを指摘しています。また、「般若」という名前は、役柄の重要性やその識別性のために付けられた可能性が高いとされています。

演目での使用

般若面が使用される主な能の演目には、『葵上』や『道成寺』、そして『黒塚』などがあります。特に『葵上』では、怨霊に変貌する六条御息所のエピソードで面が用いられ、彼女が愛する人に対する激しい恋しさと嫉妬によって鬼女となる様子が描かれています。

『道成寺』では、過去の恋愛によって大蛇と化した女の姿が描かれ、感情の激しさが表象されます。『黒塚』では、宿泊先の女性が死体を隠し持つ鬼女に変わる過程が描かれ、観客には強い印象を与える場面となります。

これら演目において、般若面の特性が巧みに生かされており、鬼女と僧の対立を描く「イノリ」という場面では、鬼女の顔が上がることで表情が劇的に変化し、能の中で情感を表現しています。

装束と演出

般若面をかける際の装束は、鬼女を象徴する鱗文様や丸紋尽くしのデザインが多く使用されます。また、面は白般若、赤般若、黒般若に分類され、これらは役柄の状態に応じて使い分けられます。白般若は高貴さを、黒般若は動物的感情を、赤般若はその中間的表現を意味します。

映画やゲームに与えた影響

著名な作品においても、般若の面が登場する場面があります。1964年の映画『鬼婆』や1975年の実験映画『アートマン』では、この面をかけたキャラクターが印象的に描かれ、一般文化においてもその象徴的なイメージが使用されています。

総じて、般若の面は、能楽における感情の極まりや文化的な象徴を一手に担った重要な存在であり、その造形や表現は、現代においても多くの人々を惹きつけています。

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