良心の目覚め

『良心の目覚め』(The Awakening Conscience)：ラファエル前派の画家が描く、葛藤と啓示

ウィリアム・ホルマン・ハントによる1853年の油彩画『良心の目覚め』(The Awakening Conscience)は、ラファエル前派を代表する作品として知られています。一見、夫婦間の些細な諍いを描いた絵画のように見えますが、その奥深くには、情婦と愛人という複雑な人間関係、そして女性の葛藤と新たな気づきが隠されています。

絵画の内容と象徴性

絵画の中央には、男性の膝から立ち上がろうとする若い女性の姿が描かれています。彼女は窓から差し込む光に照らされた外の景色に目を奪われ、立ちすくんでいます。この女性の手元には、結婚指輪がない左手が強調されており、彼女の立場を暗示しています。

部屋の至る所に配置された品々は、女性の閉塞的な状況と虚無的な生活を示唆しています。小鳥と戯れる猫、ガラス製の時計、中途半端にかけられたタペストリー、床に散らばった糸、壁に掛けられた絵画『クロス・パーパシス』(行き違いの意)、床に捨てられた楽譜など、全てが女性の精神状態を反映しています。ピアノに置かれた楽譜は、過ぎ去った幸せな日々を悲しむ内容の楽曲であることも、彼女の心情を際立たせています。

乱雑で華やかな部屋のインテリアは、ヴィクトリア朝時代の典型的な家庭とはかけ離れています。派手な色使いや新品同様の家具は、この部屋が女性のために最近用意されたことを物語り、美術史家エリザベス・プレトジョンは、この「成金的な下品さ」が現代の鑑賞者には悪趣味に映る可能性を指摘しています。さらに、絵画の額縁には、鈴、マリーゴールド、星といった象徴的な装飾と、箴言からの引用句が施されており、女性の葛藤をより一層強調しています。

部屋の奥に置かれた鏡は、鑑賞者の視線を絵画の外へと誘導し、窓から見える春の庭との対比を通して、女性が部屋に閉じ込められたような状況にいることを強調しています。女性の表情は驚きというよりも、何かに打たれたような、新たな気づきを感じさせるものです。彼女は愛人との関係性ではなく、外部の世界、つまり自身の内面へと目を向けているのです。

『世の光』との対比

『良心の目覚め』は、ハントのキリスト教絵画『世の光』と対をなす作品として捉えることができます。『世の光』では、キリストが閉ざされた心を表す扉をノックする姿が描かれており、ハント自身も『良心の目覚め』を「低俗な生き方をやめよと魂に呼びかける、天上の愛の精霊が実生活において出現したときの挙動を描いた、より具体的で対になる作品」と位置づけています。チャールズ・ディケンズの『デイヴィッド・コパフィールド』から着想を得て制作されたという説もありますが、ハントは当初より一般的なテーマを考えていたようです。最終的には、女性の伴侶の歌によって過去の生活が蘇り、女性が真実に気づく瞬間を描写することに至りました。

モデルと制作過程

女性のモデルは、ラファエル前派の作品に多く登場するアニー・ミラーで、男性モデルはハントの画家仲間であると推測されています。制作にあたり、ハントは恋人を連れ込むための部屋を借りて雰囲気を研究したとも言われています。

当初、女性の表情はより苦痛や恐怖を表すものでしたが、パトロンであったトマス・フェアベアンの要望により、より穏やかな表情に修正されました。この修正は、ハントが病に倒れたことなどもあり、数回にわたって行われました。

美術評論家の解釈

ジョン・ラスキンは、この絵画をイギリス美術における新たな潮流を示す作品として高く評価しました。彼は、絵画における完璧なリアリズムと象徴的な意味の融合に感動し、室内装飾を通して女性の置かれた状況と内面の葛藤を描き出している点を賞賛しています。ラスキンは、細部の描写によって、女性の破局が避けられないことを鑑賞者に示唆していると考えていました。

文学における言及

イーヴリン・ウォーの小説『ブライズヘッド再訪』では、主人公たちの関係の終焉を示唆する場面で、この絵画が用いられています。

来歴

この絵画は、1946年にオークションに出品された後、1976年にテート・ギャラリーに寄贈され、現在も同館のコレクションとして保存されています。

『良心の目覚め』は、単なる恋愛物語ではなく、ヴィクトリア朝時代の社会構造、女性の立場、そして道徳的な葛藤を複雑に描き出した、ラファエル前派を代表する象徴的な作品と言えるでしょう。

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