ジョン・ラスキン

ジョン・ラスキン：19世紀イギリスの巨人、その生涯と多様な顔

ジョン・ラスキン(1819-1900)は、19世紀ヴィクトリア時代のイギリスを代表する美術[[評論家]]であり、その影響は美術界にとどまらず、社会思想や建築、環境問題にまで及ぶ多才な人物でした。裕福な家庭に生まれた彼は、幼少期から厳格な宗教教育を受け、家庭教師のもとで育ちました。しかし、ヨーロッパ旅行を通して培った自然への深い愛情と観察眼は、彼の芸術観の基礎を形成しました。

オックスフォード大学在学中は、病弱ながらも詩作で才能を発揮し、著名な画家ターナーとの交流をきっかけに美術批評の世界へ足を踏み入れます。両親はラスキンに聖職者や詩人になることを期待していましたが、彼はターナーの作品を収集し、自身の家を芸術家のサロンとして開放するなど、美術活動に傾倒していきました。この頃の経験が、彼の代表作である『近代画家論』の執筆へと繋がります。この作品は、自然の忠実な描写を重視する彼の芸術哲学を鮮やかに示しており、後のラファエル前派にも大きな影響を与えました。

1848年にはエフィー・グレイと結婚しますが、この結婚生活は長くは続きませんでした。妻エフィーとラファエル前派の画家ジョン・エヴァレット・ミレーとの間に恋愛関係が生じ、1854年に離婚という結果を迎えます。このスキャンダルは当時の社会を揺るがし、ラスキンの私生活に影を落とすことになります。

離婚後、彼はロンドンの労働者専門学校で教鞭をとり、後にオックスフォード大学の教授職に就きます。オックスフォード大学時代にはルイス・キャロルと親交を深め、『不思議の国のアリス』のモデルとなったアリス・リデルの家庭教師を務めるなど、多岐にわたる活動に携わっていました。また、父の死後には莫大な遺産を相続しましたが、社会主義者としての信念から慈善事業に多くを寄付しました。

ラスキンは、9歳のローズ・ラ・トゥッシュという少女に深く魅せられ、長年にわたって家庭教師を務めました。やがて、彼女への強い愛情から結婚を申し込むも、宗教上の理由で拒絶されます。ローズの死はラスキンに大きな精神的ショックを与え、晩年は精神的な病に苦しむことになります。

美術批評家としての活動においても、ホイッスラーとの裁判など、波乱に満ちた日々を送りました。ホイッスラーの作品を酷評したことで名誉棄損で訴えられ、敗訴は彼の名声を傷つけ、精神的な衰弱を招いた可能性も指摘されています。

晩年は湖水地方で静かに過ごしながらも、定期的な講義や文化財保護活動、ナショナル・トラストの設立など、社会貢献を続けました。彼の美術に対する考え方は、「自然をありのままに再現する」というものであり、その根底には自然への深い信仰がありました。しかし皮肉なことに、彼はターナーの裸婦画を「イメージを壊す」という理由で焼却処分しているのです。

ラスキンは水彩画にも造詣が深く、「水彩、最も美しい芸術」という言葉を残しています。彼の残した水彩画作品は、彼の人となりを知る上で貴重な手がかりとなります。

彼の著作は多岐に渡り、『近代画家論』、『建築の七燈』、『ヴェネツィアの石』など、美術批評のみならず、社会思想や倫理観を提示する作品も数多く残しています。これらの著作は、今日でも世界中で翻訳され、読み継がれています。

ラスキンは、ヴィクトリア朝からエドワード朝にかけて、美術批評の枠を超えた大きな影響力を持つ人物でした。ラファエル前派やウィリアム・モリスといった芸術家にも影響を与え、レフ・トルストイ、夏目漱石、ガンディーなど、様々な分野の著名人にも強い影響を与えています。彼の生涯と業績は、現代社会においても、芸術、社会、環境問題を考える上で重要な示唆を与え続けています。ラスキンと妻エフィー、そしてミレーの三角関係は、現在もイギリスで映画やドラマの題材として取り上げられ、その複雑な人間関係は多くの人々の関心を集めています。

もう一度検索