芦屋浜シーサイドタウン

芦屋浜シーサイドタウンは、兵庫県芦屋市の広大な埋立地に造成された、非常に大規模な集合住宅群です。1972年3月に策定された「芦屋浜埋立地構想・計画」に基づき、約7年間の建設期間を経て1979年7月に竣工しました。全体として、総戸数3,381戸、総床面積34万平方メートルに達し、総工費約480億円を投じた一大プロジェクトであり、建設工事には延べ70万人が従事したとされます。「芦屋浜団地」や「芦屋浜高層住宅」とも呼ばれるこの住宅地は、その先駆的な試みが高く評価され、1981年には第22回日本建設業連合会BCS賞を受賞しています。

開発の背景と計画

1960年代は、戦後の復興期を経て都市開発へと軸足が移され、日本各地で新しい居住エリア、いわゆるニュータウンの開発が活発に進められていました。芦屋市においても、海岸地区の埋め立てによる居住区の拡充が計画されます。海域を埋め立てて広大な住宅都市を創出するという構想は、当時としては全国的にも数少ない先進的な取り組みでした。この開発面積が芦屋市全体の約4分の1にも及ぶ大事業であったことから、兵庫県が事業主体となり推進されました。

兵庫県企業局（現在の企業庁）は、1969年から1975年にかけて、芦屋浜地区の総面積約125ヘクタール（約38万坪）におよぶ大規模な埋立事業を実施しました。一方、芦屋市は1951年に制定した国際文化住宅都市建設法を街づくりの指針としており、1971年にはこれをもとに芦屋市総合計画を策定。芦屋浜埋立地の利用に関しては、「良質な住宅と良好な住環境を整備した街づくり」を基本方針としました。

兵庫県企業局と芦屋市の間で綿密な協議が重ねられた結果、1972年3月、「芦屋浜埋立地構想・計画」が具体的にまとめられました。この計画に基づき、建設省の意向もあって、特に埋立地の中央部に位置する高層住宅地区（約20ヘクタール）については、その設計と建設方法を決定するための設計競技（コンペティション）が実施される運びとなりました。

設計競技と建設体制

この高層住宅地区の建設を担うチームを選定するためのコンペティションは、建設省、兵庫県、芦屋市、日本住宅公団（現在の都市再生機構）、兵庫県住宅供給公社、日本建築センターという6つの主要団体が主催となり、1972年2月に募集が開始されました。このコンペでは、単なる設計だけでなく、工業化された建築工法の開発、建設コストの削減、そして都市全体としての総合的な街づくりへの貢献が重視され、さらに完成後の継続的な管理体制までが求められました。そのため、複数の企業が共同で応募するチーム形式が採用されました。

結果として、127もの企業からなる22のグループが応募。その中で、新日本製鐵、竹中工務店、高砂熱学工業、松下電工、松下興産から構成される「ASTM企業連合」が当選しました。ASTMという名称は、芦屋市（Ashiya）と参加各企業（Shin Nittetsu, Takenaka, Takasago, Matsushita Denko, Matsushita Kosan）の頭文字を組み合わせた造語です。実際の事業推進にあたっては、この5社により「ASTM共同企業体」が設立され、建設工事を遂行。また、完成後の管理・運営を専門に行うための組織として、株式会社アステムも設立されました。

高層住宅の建築は1976年1月に開始され、竣工に先立つ1979年3月には早くも入居が始まりました。そして同年7月に全体の竣工を迎えます。埋立地という立地特性から、建物の基礎には強固な支持層に到達するため、地下32メートルから39メートルにわたり、合計2,307本の杭が打ち込まれるという大規模な工事が行われました。

独特な建築構造と先進設備

芦屋浜シーサイドタウンの高層住宅は、その建築構造に際立った特徴があります。建物の主要構造として、階段室部分を強固な柱とし、さらに5階ごとに設けられた共用階部分を巨大な梁とする、独特な鉄骨ラーメン構造が採用されました。この強靭なフレームの中に、工場で事前に製造されたプレキャストコンクリート製の住居ユニットをはめ込むという、当時としては画期的な工業化工法が用いられました。これにより、住戸内部には構造的な梁が現れず、間取り変更の自由度が高く、空間をより有効に活用できるという大きな利点が生まれました。

この構造設計に伴い、エレベーターは5階ごとの共用階にのみ停止する仕組みとなっています。各住戸へは、停止階から階段を利用して上方または下方に移動する必要があります。共用階は水平方向に広がる吹き抜け構造となっており、住民同士の交流スペースとしても機能することが意図されていました。

また、当時の住宅団地としては先進的な様々な設備が導入されています。高層住宅地区全体を対象とした地域暖房給湯システム、地区管理センターによる各住戸内および共用部分の集中監視制御システム（火災信号は消防署へ、エレベーター故障信号はメーカーサービスへ自動通報）、そして芦屋浜全域で整備された真空ごみ収集システムなどです。

特に真空ごみ収集システムは、高層住宅地区では各棟の共用階や1階に設置された投入口からごみを投下すると、一時的にボトムバルブ室に蓄えられ、1日に4回、真空圧を利用したパイプラインを通じて埋立地南東の焼却場まで自動的に搬送されるという画期的なものでした。

環境面への配慮も特徴の一つです。地区全体の緑地率は42.5%と高く設定され、広場、緑道、公園が整備され、住民が自然と触れ合える空間が確保されました。また、歩行者の安全を確保するため、歩道と車道が完全に分離されていることも、計画的な街づくりの特徴として挙げられます。

住民生活と評価

1982年に住民を対象に行われたアンケート調査からは、この住宅地の長所と短所が浮かび上がってきました。肯定的な意見としては、「緑が多く日当たりが良い」「景色が良い」「車道と歩道が分離されている」といった住環境の質の高さ、また「保育所、学校、スーパーが近い」という生活利便性、「大阪や神戸に近い割に住宅価格が安い」といった経済的なメリットが多く挙げられました。一方で、課題としては「階段の上り下りが大変」「窓の構造が掃除しにくい」「給湯に関する問題」「自転車置き場や集会所が不足している」といった点が指摘されました。

作家の村上春樹氏は、自身の著作『辺境・近境 写真篇』の中で、芦屋浜シーサイドタウンの高層住宅群を「モノリスの群れ」と評しており、その独特で巨大な景観が人々に与える印象の強さがうかがえます。

竣工時の課題と住民組織

広大な住宅地の完成が間近に迫る中で、予期せぬトラブルが発生しました。教育問題を巡って芦屋市と兵庫県の間に対立が生じ、1979年1月、芦屋市は県への抵抗措置として、シーサイドタウンへの給水停止やごみ処理装置の利用停止といった強硬な手段に出ました。さらに、地区内の学校の開校を見合わせるなどの措置も取られ、この時点で道路やショッピングセンターも未完成という状況でした。

このような状況下にも関わらず、1979年3月15日には入居が開始されました。これにより、新しく入居してきた住民は、「水なし、足なし、学校なし、食料品なし」という極めて困難な状況に直面し、多大な迷惑を被ることになりました。事態を打開するため、入居者らが主体となって行政や関係機関に積極的に働きかけを行いました。その結果、裁判所の調停により和解が成立し、シーサイドタウンは徐々に正常な機能を回復していきました。

この竣工時のトラブルは、住民の間に連帯意識を生み、地域住民組織の形成を促す大きな要因となりました。混乱の最中にあたる1979年6月には、早くも住民による自主組織「芦屋浜住民連絡協議会」が発足し、その後の地域活動の核となっていきました。

芦屋浜シーサイドタウンは、日本の高度成長期における大規模住宅開発、特に海浜部の埋立地における都市計画の先駆的な事例であり、その独特な建築構造や先進的なインフラシステム、そして竣工時の困難を乗り越えて形成された住民コミュニティの歴史は、日本の現代住宅史において特筆すべきものであると言えます。

周辺の大阪湾沿岸部には、南港ポートタウン、武庫川団地、西宮マリナパークシティ、六甲アイランドシティ、HAT神戸など、同時期またはその後に開発された大規模住宅地（マンモス団地）が多数存在しており、芦屋浜シーサイドタウンはそうした臨海部開発の一翼を担う存在でもあります。

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