花押

花押（かおう）とは

花押とは、自署の代わりに使用される記号や符号であり、その起源は直筆の草書体にあります。草書体の自署は草名（そうみょう）と呼ばれますが、その筆順や形状が特殊化したものが花押です。花押は、署名者が自らの署名を他者と区別するために、意識的に図案化・文様化した結果生まれたと考えられています。

花押の歴史

中国

花押は、東アジアの漢字文化圏で広く見られます。中国では、南北朝時代の斉（5世紀ごろ）に起源があるという説があります。唐代には、韋陟（いちょく）の流麗な署名が「五朶雲（ごだうん）」と称賛されたという記録があり、これが花押のことであると考えられています。宋代には、直線や丸を組み合わせた比較的簡単な花押が用いられ、禅僧もこの形式を踏襲しました。明代には、明の太祖が用いたとされる明朝体の花押が日本に伝わり、江戸時代の花押の主流となりました。

また、五代の頃より花押を印章にした花押印が使われ始め、宋代には花押印そのものを押字あるいは押と呼称しました。元朝ではモンゴル人官吏の間でもてはやされ、元押と呼ばれました。

日本

日本では、平安時代中期（10世紀ごろ）から花押が使用され始めました。当初は楷書体で自署していましたが、次第に草書体にくずした草名となり、さらにそれが特殊化したものが花押となりました。日本最古の花押の例は、10世紀中葉に見られます。

花押の種類

江戸中期の故実家である伊勢貞丈は、『押字考』の中で花押を5種類に分類しており、後世の研究家もこの分類を踏襲しています。具体的には、草名体、二合体、一字体、別用体、明朝体があります。

草名体: 草書体を基にした花押で、初期の花押に多く見られます。
二合体: 実名の二字を組み合わせて図案化した花押です。源頼親の例が挙げられます。
一字体: 実名の一字を図案化した花押です。平忠盛の例が挙げられます。
別用体: 文字ではなく、絵や記号を基にした花押です。三好宗渭の水鳥の図案や、伊達政宗のセキレイの図案が該当します。
* 明朝体: 上下に横線が2本並び、中間に図案を入れた花押で、明の太祖が用いたとされ、徳川家康が採用したことから江戸時代に普及しました。

武家と公家の花押

鎌倉時代以降、武士による文書発給が増加し、武士特有の花押の形状や署記方法が生まれました。これを武家様（ぶけよう）といい、貴族の花押の様式を公家様（くげよう）といいます。武士の花押は、実名に関係なく父祖や主君の花押を模倣する傾向がありました。特に足利氏の花押は足利様（あしかがよう）と呼ばれ、室町時代の武家の花押の主流となりました。また、武士は文書に実名と花押を併記する習慣がありました。

鎌倉後期以降、公家では複雑な花押が流行し、室町時代には定型化しました。単純な花押は中下層の公家、複雑な花押は上層の公家に見られる傾向があります。

戦国時代から江戸時代

戦国時代には、花押の様式が多様化し、名前の漢字を裏返したり倒したりするなど、偽造防止の工夫が見られました。また、実名ではなく通称や苗字を基にした花押も登場しました。花押を版刻した花押型（かおうがた）も広く使用されるようになり、印章と同様の役割を担うようになりました。

江戸時代には、明朝体の花押が主流となりましたが、花押の使用例は少なくなり、印鑑の使用が増加しました。特に庶民の間では、江戸中期ごろから花押が見られなくなり、印鑑が主流となりました。

明治以降

明治時代には、実印のない証書は裁判上の証拠にならない旨の太政官布告が出され、花押はほぼ姿を消しました。しかし、花押に署名としての効力はあり、現代でも閣議における閣僚の署名などに用いられています。また、一部の企業や官公庁、JRの駅長などが花押を使用することがあります。

現代における花押の法的解釈

2016年の最高裁判決では、遺言書への花押は印章による押印と同視できず、民法上の押印の要件を満たさないと判断されました。しかし、花押には署名としての効力があり、押印を要する文書についても花押を認めるべきという見解も存在します。

朝鮮

朝鮮半島では、高麗朝時代から花押が用いられ、着署・草押とも呼ばれました。李氏朝鮮時代には、手決と呼ばれ、公文書や私文書で広く使用されました。法令集には、花押の用法が具体的に定められていました。

世界

イスラム圏では、オスマン帝国のスルタンのみに許されたトゥグラと呼ばれる壮麗な署名が存在します。トゥグラは、イスラム文化を代表する芸術作品として知られています。

まとめ

花押は、自署の代わりとして用いられる記号であり、その歴史は古く、東アジアを中心に様々な文化圏で発展してきました。時代とともに形状や用途を変えながら、現在でも一部で使用されています。花押は、単なる署名の代わりではなく、個人のアイデンティティや地位を象徴するものであったと考えられます。

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