花神 (NHK大河ドラマ)

NHK大河ドラマ『花神』：テクノクラートと志士たちの幕末維新

1977年、NHK大河ドラマの第15作として放送された『花神』は、作家・司馬遼太郎の筆による複数の著作（『花神』『世に棲む日日』『十一番目の志士』『峠』『酔って候』所収「伊達の黒船」など）を原作とし、幕末から明治維新にかけての激動の時代を描いた作品です。主演は、当時の前進座の歌舞伎俳優、中村梅之助が務めました。

物語の中心に据えられたのは、周防国（現在の山口県東部）の村医者から身を起こし、軍才をもって倒幕運動を主導、明治新政府では兵部大輔として日本近代軍制の基礎を築いた実証主義者・大村益次郎（村田蔵六）です。しかし、単なる個人の伝記ドラマに留まらず、松下村塾を主宰した思想家・吉田松陰、類まれなる行動力で奇兵隊を率いた高杉晋作といった、維新回天の原動力となった数多の若き群像が躍動的に描かれています。彼らの情熱、葛藤、そして散り様が、歴史の大きなうねりの中で活写されました。

本作の企画・制作においては、1973年の大河ドラマ『国盗り物語』と共通する主要スタッフ（チーフ・セカンドディレクター、脚本家、音楽監督）が集結しました。司馬作品を複数組み合わせて幕末を描くという手法も、『国盗り物語』を踏襲しています。主人公に大村益次郎が選ばれた背景には、医学と兵学を修めたテクノクラート（技術官僚）が、当時の日本の近代化を牽引したとする司馬独自の史観が反映されています。また、原作の一つ『十一番目の志士』に登場する架空の人物、天堂晋助が物語に組み込まれたことは、チーフディレクターによれば「史実の制約からくるドラマの硬直を避け、創作上の自由度を確保するため」であったと語られています。

主要キャストには、益次郎の朴訥とした技術者然とした雰囲気を中村梅之助が巧みに演じ、もう一人の柱ともいえる高杉晋作には、時代劇初出演ながら「引くことを知らない暴れ馬」のような人物像に中村雅俊が配されました。特に、史実では面長と評された高杉役にあえて正反対の容貌の中村雅俊を起用した点については、セカンドディレクターが「泥の付いたジャガイモみたいなのがいい」と独特の表現でその意図を説明しています。また、吉田松陰役の篠田三郎は、その熱演によって「松陰が憑依したようだ」とスタッフを驚かせたというエピソードも残っています。

物語は、村医者の子である村田蔵六が緒方洪庵の適塾で蘭学を学び、秀才として頭角を現すところから始まります。一度は故郷で平穏な生活を望みますが、黒船来航という時代の激変が彼を動かします。時を同じくして、熱狂的な攘夷思想を持つ吉田寅次郎（松陰）もまた、時代の波乱に身を投じようとしていました。松陰の思想は高杉晋作や桂小五郎ら多くの弟子たちに受け継がれ、蔵六という稀代の技術者と結びつくことで、日本は未曽有の維新という大事業へと突き進んでいくことになります。

放送当時の視聴率は、最高25.9%、平均19.0%と、当時の幕末ものとしては突出した数字ではありませんでした。しかし、原作者である司馬遼太郎自身は本作を高く評価しており、放送終了後に関係者が挨拶に訪れた際には、「いや、君、これは傑作だよ。僕は好きだ。人間が土足で上がってくるようなところがいい」と絶賛したといいます。さらに、普段は多忙で時間を惜しむことで知られた司馬が、関係者を料亭などで歓待するなど、異例の行動を見せたことも、その評価の高さを示唆しています。後年、『新選組!』や『真田丸』といった人気大河ドラマの脚本を手がける三谷幸喜も、本作を支持していることを明かしています。

放送形態としては、原則として正月3が日の放送開始を避けるようになるのは翌年の『黄金の日日』以降であり、年間52回放送という形式は本作が最後となりました。また、総集編が従来の前後編から初めて五回にわたる構成となった点も特筆され、その後の大河ドラマの総集編の形式に影響を与えました。

本作のマスターテープは現在、残念ながら大部分が散逸しています。しかし、総集編と一部の回（第19回、第24回、第34回、第39回、最終回など）はNHKに現存しており、時代劇専門チャンネルなどで放送されたり、NHK番組公開ライブラリーで視聴可能となっています。また、NHKは家庭用ビデオが普及し始めた時期の作品であることから、一般視聴者からの映像提供を呼びかけるなど、映像資料の収集活動を積極的に行っています。こうした取り組みにより、近年新たな回が発掘される事例も見られます。

『花神』は、維新の立役者たちを単なる英雄としてではなく、それぞれの個性や葛藤、そして人間的な魅力を掘り下げて描くことで、司馬遼太郎の描く「人間」のドラマを大河の舞台で展開した作品と言えるでしょう。失われた映像があるのは惜しまれますが、その精神は確かに受け継がれています。

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