若泉敬

若泉 敬

人物と概要

若泉敬（わかいずみ けい、1930年3月29日 – 1996年7月27日）は、日本の国際政治学者として知られ、京都産業大学法学部で教鞭をとりました。彼は、1972年の沖縄返還実現に向けた日米交渉において、当時の佐藤栄作首相の密使という極秘の立場で重要な役割を果たしました。長年伏せられてきた交渉の詳細と、そこで交わされたとされる日米間の密約について、自身の著書『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』で初めて公表し、世間に大きな衝撃を与えました。この暴露からおよそ2年後に彼は亡くなっています。若泉の生涯は、日本の戦後外交史における沖縄返還という出来事の複雑さや、その裏側で活動した人物の葛藤を理解する上で重要な意味を持っています。

生涯

学究活動と初期キャリア

福井県に生まれた若泉は、東京大学法学部政治学科を卒業後、保安庁保安研修所教官などを務めました。その後、イギリスのロンドン・スクール・オブ・エコノミクスやアメリカのジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究所（SAIS）で学び、国際政治学の専門家としての基盤を築きました。帰国後、防衛庁防衛研修所所員を経て、1966年に京都産業大学に教授として迎え入れられ、世界問題研究所でも活動しました。世界問題研究所長も務め、研究や国際交流の推進に貢献しています。また、中央教育審議会臨時委員として教育行政にも関与しました。

沖縄返還交渉における密使

1966年頃、若泉は佐藤栄作首相と知遇を得ます。佐藤首相が強く願っていた沖縄返還の実現のため、若泉は1967年から首相の密使として極秘に渡米し、水面下での交渉を担うことになりました。交渉相手は、アメリカのモートン・ハルペリンやヘンリー・キッシンジャーといった政権中枢の人物でした。この秘密交渉では、若泉とキッシンジャーはそれぞれ秘匿名称を用いていました。

交渉は「核抜き・本土並み」返還を目指して進められましたが、アメリカ側から「緊急時における核兵器の事前通告による再持ち込み・通過権」を求める要求が出されます。若泉はこれに対し、「事前通告」をより厳しい条件である「事前協議」に修正するよう働きかけ、アメリカ側の同意を得ることに成功しました。この結果が、1969年11月21日に発表された佐藤・ニクソン共同声明による沖縄の3年以内の返還決定に繋がりました。

密約の公開と晩年

沖縄返還後、若泉は再び学究生活に戻り、国際政治学者として論壇で発言を続けました。1980年には故郷の福井へ移住し、1992年の京都産業大学退職時には退職金全額を大学に寄付しました。

1994年、若泉は著書『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』を刊行し、沖縄返還交渉の裏で交わされた核密約や繊維密約の存在を初めて公にしました。この内容は政府の公式見解と異なり、大きな論争を巻き起こしました。同年6月には、自身の行為に対する責任に言及し、自殺を示唆しましたが、この時は実行しませんでした。著書の英語版準備を進める中、1996年7月27日、福井の自宅で亡くなりました。享年67。公式死因は癌とされましたが、実際は自殺だったと広く認識されています。当時の沖縄県知事、大田昌秀は、密約自体は評価しないとしつつも、事実を公表した若泉の誠実さを評しています。

死後の検証

若泉が著書で明らかにした核密約については、彼の死後も検証が進みました。2009年には佐藤栄作元首相の遺品から密約を示す文書が発見され、2010年3月には日本政府の有識者委員会が核密約の存在を公式に認めました。これにより、若泉が暴露した内容は歴史的事実として確定し、従来の政府見解は改められることとなりました。

若泉敬の生涯は、国家の命運に関わる秘密交渉、その公表に伴う責任と苦悩を体現しており、戦後日本の外交史における特異な一例として、現在も研究・議論の対象となっています。

主な著作

『トインビーとの対話 未来を生きる』（1971年）
『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス　核密約の真実』（1994年）

（他にも関連する研究や評伝、ドキュメンタリーなどが多数存在します。）

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