苦肉計

苦肉計（くにくけい）

苦肉計とは、兵法三十六計の第三十四計に数えられる戦術で、敵を欺くための計略です。人間心理の盲点を巧みに利用し、相手を欺瞞します。日本では「苦肉の策」「苦肉の計」「苦肉の謀」とも呼ばれます。

概要

人間は、本能的に「自分自身を傷つけることはない」と考えがちです。そのため、もし誰かが傷ついている場合、それは外部からの攻撃によるものだと判断します。また、自ら傷つけた場合でも、背後にはやむを得ない理由があると推測します。苦肉計は、この心理的傾向を逆手に取り、敵を欺くのです。

具体的には、自らを傷つける（ように見せかける）ことで、相手の警戒心を解いたり、誤った情報を信じ込ませたりします。例えば、敵に寝返ったように見せかけた人物が、実は味方のスパイであるといったケースが考えられます。敵は、その人物が自ら危険を冒しているとは考えにくいため、信用してしまうのです。

事例

歴史上、苦肉計を用いたとされる事例は数多く存在します。

鄭の武公と胡：鄭の武公は、胡を討つ前に娘を嫁がせ、胡の討伐を進言した関其思を殺害することで、胡を油断させました。これは、自国の臣下を犠牲にすることで、敵を欺いた典型的な例と言えるでしょう。
酈食其（りしょっき）：前漢の時代、劉邦の部下である酈食其は、斉と同盟を結びましたが、韓信がそれを無視して斉を攻撃し、酈食其は斉で処刑されました。韓信が酈食其の功績を無にしたため、結果的に苦肉計のような形となりました。

フィクションにおける事例

苦肉計の最も有名な例として、小説『三国志演義』における赤壁の戦いが挙げられます。

赤壁の戦い

曹操軍との戦いを有利に進めるため、周瑜の部下である黄蓋は、苦肉の策を献じます。黄蓋は、周瑜を公衆の面前で侮辱し、鞭打ちの刑を受けます。この一件は曹操軍の間者に伝わり、黄蓋が曹操に恨みを抱き、投降を考えているという情報がもたらされます。曹操は当初疑念を抱きますが、孫権軍の使者である闞沢（かんたく）との交渉を経て、黄蓋の投降を受け入れます。

しかし、これは全て周瑜と黄蓋による計略でした。投降した黄蓋は、曹操軍の船団に火を放ち、連合軍の大勝利に貢献しました。この戦いは、苦肉計が成功した有名な事例として、広く知られています。

意味の変化

現代において、「苦肉の策」という言葉は、「苦し紛れに考え出した手段」という意味で使われることが一般的です。しかし、本来の苦肉計には、「苦し紛れ」という意味合いは含まれていません。計画的に自らを犠牲にすることで、目的を達成するという意味合いが強いのです。そのため、「苦肉の策」を本来の意味で使用する場合は、注意が必要です。

苦肉計は、状況を打破するための大胆な戦略ですが、リスクも伴います。しかし、成功すれば大きな成果を得られるため、古来より様々な場面で用いられてきたのです。

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