菊姫 (宗像氏)

菊姫：宗像氏の内紛に散った悲劇の姫君

菊姫（きくひめ）は、生年不詳ながら天文21年（1552年）に没した、戦国時代の宗像氏の一族の女性です。彼女は宗像氏の家督を巡る争いに巻き込まれ、18歳という若さで非業の死を遂げました。その死後、彼女の霊を鎮めるための慰霊が行われ、数々の伝説が語り継がれています。

生い立ちと結婚

菊姫は、第76代宗像大宮司である宗像正氏と正室・山田夫人の間に生まれた一人娘でした。宗像氏は、古くから宗像三神を祀る宗像大社に仕え、宗像地方を治めてきた名門です。当時、宗像氏は筑前・豊前の守護大名である大内氏に従属していました。

父・正氏は大内家への軍役のため、菊姫と母を宗像に残し山口に出仕しました。その間、正氏は大内氏の実力者である陶隆房（後の晴賢）の姪・照葉を側室に迎え、鍋寿丸（後の氏貞）と色姫をもうけました。

菊姫は14歳の頃、伯父である氏続の子・氏男と結婚しました。正氏の死後、氏男が宗像大宮司の家督を継ぎましたが、氏男も正氏と同じく山口に出仕中に、陶隆房が蜂起した大寧寺の変で主君・大内義隆に殉じて亡くなりました。

家督争いと悲劇的な最期

当主を失った宗像家は、氏男の弟・千代松を推す派と、未亡人となった菊姫と異母弟の鍋寿丸を擁立する派に分裂し、家督を巡る激しい争いが勃発しました。最終的に、陶隆房の支援を受けた鍋寿丸側が勝利し、千代松とその父・氏続は討たれました。この家督争いに、菊姫親子も巻き込まれることになります。

天文21年3月23日の夜、菊姫は山田の館で、鍋寿丸側の家臣によって惨殺されました。享年18歳。母である山田局や侍女たちも共に殺害され、館内は血の海と化したと伝えられています。菊姫ら6人の遺体は、館の裏の崖下に埋められました。

怨霊伝説と慰霊

この事件の後、宗像家中では事件に関わった者たちが次々と怪死や変死を遂げ、数々の怪異が起こったと伝えられています。宗像領内では、山田事件の怨霊が囁かれるようになりました。事件から7年後の永禄7年、菊姫の異母妹である色姫が突然発狂し、母・照葉の喉に噛み付くという事件も起きています。

鍋寿丸は名を氏貞と改め、第70代宗像大宮司を相続しましたが、家内や領内で起こる数々の怪異や不幸は、幼少期に起きた悲惨な事件が原因だと考えました。そこで、多くの僧を招いて菊姫ら6人の大法要を営み、領内に56もの寺院を建立し、6人の鎮魂と慰霊に努めたとされています。

菊姫の悲劇的な生涯は、宗像氏の歴史に暗い影を落としましたが、彼女の霊を鎮めるための慰霊はその後も続けられ、今もなお、その供養の灯は絶えることなく受け継がれています。

参考文献
吉永正春 『九州戦国の女たち』　海鳥社　2010年。

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