華麗なる変奏曲 (ショパン)

フレデリック・ショパンの『華麗なる変奏曲』（仏語名: Variations brillantes）変ロ長調 作品12は、1833年に作曲され、同年出版されたピアノ独奏のための楽曲です。この時期のショパンは、自由な和声や形式を用いた幻想的なピアノ作品を多く生み出していましたが、与えられた主題を変奏させて展開していく変奏曲という形式は、彼の持つ即興的で形式にとらわれない作風とはやや異なります。

実際に、ショパンが生涯に作曲した変奏曲は決して多くありません。有名なオーケストラ伴奏付きの『ラ・チ・ダレム変奏曲』作品2や、フルートとピアノのための二重奏を含む数曲の遺作の習作が見られる程度です。しかも、これらはいずれも彼がまだ10代だった頃の作品であり、比較的早い段階で、自身の追求する音楽とは異なる形式だと認識したためか、変奏曲の創作から離れていったと考えられています（ただし、1837年にはリストらと共に合作『ヘクサメロン変奏曲』を書いています）。

こうした背景の中で、本作『華麗なる変奏曲』は、ピアノ独奏のための変奏曲としてはショパン唯一の作品番号付きの楽曲であり、また独立した「変奏曲」というジャンル名を持つ最後の作品となっています。

主題には、当時人気を博していたオペラ作曲家フェルディナン・エロルドの未完のオペラ『リュドヴィク』の中のアリア、ロンド・ファヴォリ「私は聖衣を売る」の旋律が採用されています。ショパン自身、オペラに強い関心を持っており、他の作品でもモーツァルトやマイヤーベーアといった作曲家のオペラ旋律を主題に用いた例があります。この『リュドヴィク』は、エロルドの死後、ジャック・アレヴィによって補筆完成されており、おそらくショパンもその上演に触れ、追悼の意を込めて、あるいは当時の流行に乗って、この旋律を変奏曲に仕立てたのでしょう。これは、当時のサロン文化において、よく知られたオペラのアリアを主題とした技巧的な変奏曲が好まれたという事情も関係していると考えられます。

楽曲は、序奏、主題、4つの変奏、そしてコーダという構成で成り立っています。

序奏: 「risoluto（決然と）」と指示されており、きらびやかな音階の下降フレーズで幕を開けます。これは、初期のショパン作品によく見られる、装飾音を多用した華やかで技巧的なスタイルを示しています。
主題: Allegro moderatoのテンポ、6/8拍子で提示される旋律は、比較的穏やかな性格を持っています。最後には力強い結びの句が続きます。
第1変奏: 主題の旋律線が、細かく分割された16分音符の動きとなり、装飾が多用されて技巧的な色彩が増します。
第2変奏: 「Scherzo（スケルツォ）」と記され、特徴的なリズムが楽曲に軽快な動きをもたらします。この変奏から次の変奏への移行部が設けられています。
第3変奏: 移行部を経て、雰囲気は一変し、Lento（緩やかに）のテンポ、変ニ長調に転調します。ここでは形式的な枠にとらわれすぎない、いくぶん自由で瞑想的な雰囲気が漂います。ショパンらしい抒情性が垣間見える部分と言えるでしょう。
第4変奏: 再び移行部を経て、「Scherzo vivace（活発なスケルツォ）」に戻り、主題が華やかに装飾された形で展開されます。これはコーダへとつながります。
* コーダ: 曲の締めくくりとして、壮大かつ堂々とした響きをもって曲を終えます。

全体を通して見ると、特に第3変奏にはショパン独自の幻想的な片鱗が感じられるものの、やはり変奏曲という形式が、彼が自然に表現したがる自由な発想にはやや窮屈に感じられたのかもしれません。この作品は、彼の初期のスタイル、特にサロンでの聴衆を意識した華やかで技巧的な側面を強く反映していると捉えることができます。しかし、当時のオペラへの関心、好まれた演奏技法、そして変奏曲形式がどのように受容されていたかを知る上で、本作は非常に興味深い資料と言えるでしょう。

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