萩原延壽

萩原延壽：歴史家の生涯と『遠い崖』への道

萩原延壽（1926-2001）は、日本の歴史家であり作家として知られています。彼の名は、朝日新聞で1976年から1990年まで連載された『遠い崖――アーネスト・サトウ日記抄』（全14巻）によって広く知られるようになりました。本稿では、萩原延壽の生涯と、歴史家としての彼の業績、特に『遠い崖』に焦点を当てて解説します。

生い立ちと学問への道

萩原延壽は東京浅草で生まれました。父は兵役経験者、母は小学校教員という家庭環境で育ち、新宿区に移り住んだのち、尋常小学校を卒業。その後、第三高等学校理科甲類（現在の京都大学総合人間学部）に入学します。しかし、太平洋戦争のさなか、大阪で勤労動員に召集され、大阪大空襲を経験。終戦後、第三高等学校文科乙類に転科し、卒業後は練馬区立中学校教員として勤務しながら、東京大学法学部政治学科に入学しました。


教員生活と大学生活を両立する中で、萩原は岡義武教授に師事し、陸奥宗光を研究テーマに選びました。国立国会図書館や東京大学法学部附属「明治新聞雑誌文庫」で資料に当たり、大学院を修了後は国立国会図書館に勤務しました。その後、フルブライト奨学金を得てペンシルベニア大学、オックスフォード大学へ留学。この留学中に、彼の代表作となる『遠い崖』の基となるアーネスト・サトウの日記帳と出会います。

『遠い崖――アーネスト・サトウ日記抄』の執筆

1960年代後半から論壇で活躍を開始した萩原は、各大学からの教員招聘を断り、在野の歴史家として執筆活動に専念することにしました。そして、英国留学中に発見したサトウの日記を基に、14年間という歳月をかけて『遠い崖』を執筆、朝日新聞で連載しました。この作品は、幕末から明治初期の日本を描いた歴史的大作として高く評価され、多くの読者に支持されました。


膨大な史料を丹念に調査し、正確で分かりやすい文章で歴史を伝えようとする萩原の姿勢は、本書の最大の特徴です。想像力をたくましく働かせる小説家とは異なり、歴史的事実を厳格に尊重し、史料に基づいた客観的な記述を心がけました。

歴史家としての姿勢と交友関係

萩原は「歴史の面白さは、そのプロセスにある」と考え、歴史の過程を正確に、そして分かりやすく伝えることに尽力しました。歴史を創作するのではなく、史料から歴史の真実を明らかにしようとする姿勢は、彼の人格を反映していました。


私生活では、作家石川淳を師と仰ぎ、安部公房を兄のように敬愛していました。三高時代の同級生であった数学者森毅や、司馬遼太郎、高坂正堯らとも親交が深く、しばしば対談を行うなど、幅広い人脈を持っていました。

受賞歴と主な著作

萩原延壽は、その功績により数々の賞を受賞しています。主な受賞歴には、吉野作造賞、吉田茂賞、大佛次郎賞などがあります。


主な著作としては、『馬場辰猪』『東郷茂徳』『陸奥宗光』『遠い崖――アーネスト・サトウ日記抄』などがあります。これらの著作は、いずれも綿密な史料調査に基づいて書かれており、高い評価を得ています。

萩原延壽の死後

2001年、萩原延壽は75歳で生涯を終えました。彼の死後、遺族は関連資料と洋書を横浜開港資料館に寄贈し、「萩原文庫」として公開されています。


萩原延壽は、その厳格な姿勢と正確な記述、そして読みやすい文章によって、多くの読者に歴史への関心を高め、日本の歴史研究に多大な貢献をしました。彼の功績は、これからも長く語り継がれていくことでしょう。

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