葛城氏

葛城氏とは

葛城氏（かつらぎうじ/かずらきうじ）は、古墳時代に大和国葛城地方（現在の奈良県御所市・葛城市）を本拠地とした古代豪族です。武内宿禰（たけうちのすくね）を祖とする一族とされ、5世紀にはヤマト王権において非常に大きな影響力を持っていました。

氏族の成立と系譜

葛城氏の始祖とされるのは、葛城襲津彦（かつらぎのそつひこ）です。『古事記』によると、襲津彦は武内宿禰の子であり、玉手臣（たまてのおみ）や的臣（いくはのおみ）らの祖先であるとされています。また、母は葛城国造の荒田彦（あらたひこ）の娘である葛比売（かつらひめ）です。襲津彦以降の主な人物としては、葦田宿禰（あしだのすくね）、玉田宿禰（たまだのすくね）、円大臣（つぶらのおおおみ）、蟻臣（ありのおみ）などが知られています。

ただし、これらの系譜については、『日本書紀』などの記述に矛盾が見られる箇所もあり、正確な系譜の復元は困難です。例えば、玉田宿禰は『日本書紀』において、襲津彦の孫とも子とも記されています。円大臣についても、玉田宿禰の子とする説と葦田宿禰の子とする説があり、諸説が入り乱れています。

また、神功皇后の母である葛城高顙媛（かつらぎのたかすめひめ）も、葛城氏の一族であるとされています。近年では、葛城氏を北部の葦田宿禰系と南部の玉田宿禰系の二つの系統に分けて考える見解も出てきています。

葛城襲津彦の伝承

葛城氏の始祖である襲津彦は、『紀氏家牒』によれば、大和国葛城県長柄里（現在の御所市名柄）に居住していたとされ、この地を中心に勢力を拡大したと考えられています。

襲津彦に関する伝承は、『日本書紀』の神功皇后摂政紀、応神天皇紀、仁徳天皇紀に登場します。これらの記述では、襲津彦は将軍や使者として朝鮮半島に派遣された人物として描かれています。特に注目されるのは、神功皇后摂政62年条に記された新羅征討に関する記述です。この記事の注には、『百済記』からの引用として、壬午年に新羅征討に派遣された「沙至比跪（さちひこ）」という人物が、美女に心を奪われて加羅を滅ぼしたという逸話が紹介されています。この「沙至比跪」を襲津彦と同一人物と解釈する説があり、その場合、襲津彦は4世紀末に実在した武将であった可能性が指摘されています。

しかしながら、「沙至比跪」の逸話が史実であるかは疑問が残る上、『書紀』に描かれる襲津彦の人物像は、全体として没個性的で、記事間の関連性も薄いと指摘されています。

井上光貞は、「襲津彦」という名前が「襲（ソ）の男」を意味するのではないかと推測し、襲津彦は熊襲の出身で葛城に土着した人物か、葛城出身で熊襲征討で功績を挙げた人物である可能性があると述べています。

大王家との婚姻関係

葛城氏の大きな特徴として、5世紀の大王家との継続的な婚姻関係が挙げられます。襲津彦の娘である磐之媛（いわのひめ）は仁徳天皇の皇后となり、履中、反正、允恭の3天皇を産んでいます。また、葦田宿禰の娘の黒媛（くろひめ）は履中天皇の妃となり、市辺押磐皇子（いちのへのおしはのみこ）などを産みました。さらに、蟻臣の娘の荑媛（はえひめ）は押磐皇子の妃となり、顕宗天皇・仁賢天皇の母となりました。円大臣の娘の韓媛（からひめ）は雄略天皇の妃となり、清寧天皇を産んでいます。このように、仁徳天皇から仁賢天皇に至る9天皇のうち、安康天皇を除く8天皇が、葛城氏の女性を后妃や母としているのです。

この状況から、当時のヤマト王権は、大王と葛城氏が並び立つ「両頭政権」であったという見解も出ています。また、葛城氏は大王家の外戚として大きな勢力を誇り、その影響力は単なる婚姻関係にとどまらないものであったとされています。

衰退と滅亡

葛城氏は5世紀を通じて繁栄を極めましたが、6世紀に入ると衰退に向かいました。

『日本書紀』によれば、允恭天皇5年（416年）に、玉田宿禰が職務を怠り酒宴を開いていたことが露見し、天皇の怒りを買って誅殺されました。さらに、安康天皇3年（456年）には、円大臣が天皇暗殺犯を匿ったとして、大泊瀬皇子（後の雄略天皇）によって邸宅を焼き討ちされ、殺害されるという事件が起きました。

これらの事件は、葛城氏の没落を象徴するものと考えられています。しかし、研究者の中には、玉田宿禰系が滅亡した一方で、葦田宿禰系はその後も勢力を保っていたとする説を唱える人もいます。

雄略天皇と葛城一言主大神のエピソードは、雄略天皇が葛城氏を平定したことを示唆する一方で、なおも葛城の神を尊重する必要があった状況を示していると考えられています。また、雄略天皇の後の清寧天皇、顕宗天皇、仁賢天皇も母方が葛城氏であることから、葛城氏が完全に滅亡したわけではなかったことがわかります。

水谷千秋は、葛城北部に残存した葦田宿禰系の葛城氏が、後の継体天皇の大和入りを遅らせたと推測しています。

葛城氏の滅亡と蘇我氏の台頭

応神天皇や仁徳天皇の流れを汲む履中系の天皇は、外戚である葛城氏に支えられていました。葛城氏と婚姻関係にあった吉備[[氏]]もその支持勢力でした。しかし、葛城氏と血縁関係の薄い允恭系の天皇にとって、葛城氏は脅威でした。そのため、允恭天皇は玉田宿禰を、雄略天皇は円大臣をそれぞれ誅殺し、葛城氏の勢力を削いでいきました。また、吉備[[氏]]も同様に牽制され、最終的に反乱を起こすも鎮圧されています。

本拠地と関連地名

蘇我馬子は、推古天皇32年（624年）に「葛城県は、私の本拠である」と述べています。これにより、当時葛城県は天皇の所有地となっていたことがわかります。この葛城県は、安康天皇3年の円大臣宅包囲の際に、葛城氏が献上した「葛城宅七区」に由来すると考えられています。

「葛城宅七区」は、葛城氏の本拠地である葛城高宮（現在の御所市西佐味）だけでなく、葛下郡や忍海郡の一部、葛上郡の桑原郷や佐味も含まれていたと推測されています。

また、葛城氏に関連すると考えられる地名として、御所市の玉手にある「玉田」、柏原にある「ツブラ」、北[[葛城郡]]上牧町の「葦田」、大和高田市の「有井」などがあります。これらの地名の周辺には、葛城氏の古墳であると考えられている室宮山古墳や掖上鑵子塚古墳などが存在します。

蘇我氏との関係

蘇我氏は、葛城氏の政治力、経済力、対朝鮮の外交ポスト、渡来人との関係などを継承したと考えられています。葛城氏が5世紀に皇后や妃を輩出し、対朝鮮半島との関係を担っていたという伝承は、蘇我氏に引き継がれました。

葛城氏は、玉田宿禰や円大臣が滅ぼされた上に、6世紀には葛城烏那羅（かつらぎのうなら）以外に目立った人物が見当たらなくなり、5世紀後半の新庄屋敷山古墳を最後に大型前方後円墳も造られなくなりました。しかし、『日本書紀』に葛城氏の伝承が残されていることは、葛城氏の後裔が史料を提供したことを示唆しており、その有力な候補が蘇我氏であるとされています。

葛城部と葛城郷

葛城部（かつらぎべ/かつらぎのとも）や葛城郷（かつらぎごう）は、葛城氏の部民が居住した地域で、主に瀬戸内海沿いに分布しています。葛城部や葛城郷が確認できるのは、美作国、備前国、安芸国、讃岐国、伊予国、肥前国などの地域です。

まとめ

葛城氏は、古墳時代に大和地方で強大な勢力を誇った古代豪族です。5世紀にはヤマト王権との密接な関係を築き、多くの后妃を輩出しましたが、6世紀には衰退しました。しかし、その影響力は蘇我氏に受け継がれ、後世の歴史にも大きな足跡を残しています。

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