藤娘

藤娘とは

藤娘は、日本の伝統芸能である歌舞伎舞踊の演目の一つで、その起源は大津絵にあります。

大津絵の藤娘

大津絵とは、近江国大津（現在の滋賀県大津市）で描かれた民俗絵画で、その画題の一つに藤娘があります。藤の花をあしらった衣装を身につけ、藤の枝を持つ娘の姿が描かれており、これは「良縁」のお守りとして親しまれていました。また、別名「かつぎ娘」とも呼ばれていました。

歌舞伎舞踊としての藤娘

歌舞伎舞踊の藤娘は、大津絵の「かつぎ娘」を題材に、長唄を伴奏として演じられます。初演は文政9年（1826年）で、二代目關三十郎が踊りました。当初は五変化舞踊『哥へす哥へす余波大津絵』の一曲でしたが、六代目尾上菊五郎が藤の精という設定に変え、演出を一新しました。この変更により、藤娘は独立した演目となり、現在では歌舞伎だけでなく日本舞踊でも重要な演目となっています。

初演時の藤娘

初演時、藤娘は花道のすっぽんから登場し、大津絵と同様の姿で踊りました。しかし、終盤には着ぐるみの犬が登場し、娘に飛びつくと、その拍子に娘の衣装が脱げ、座頭の姿に変わるという演出でした。これは、当時の変化舞踊ならではの趣向でした。

六代目尾上菊五郎による演出

昭和12年（1937年）、六代目尾上菊五郎は、藤娘を独立した演目として演出し、長唄の間に『藤音頭』を挿入しました。舞台には、藤が絡みつく松の大木が置かれ、松は男、藤は女を象徴しています。藤の精である娘は、意のままにならない男心を嘆きながら踊ります。そして、酒に酔って興に乗って踊るうちに、夕暮れの鐘が鳴り、娘は姿を消します。

藤娘の歌詞

藤娘の歌詞は、恋する女性の心情を巧みに表現しており、その美しい言葉は多くの人々の心を捉えてきました。

例えば、以下のような歌詞があります。

若むらさきに　とかえりの　花をあらわす　松の藤浪
人目せき笠　塗笠しゃんと　振かかげたる　一枝は
紫深き　水道の水に　染めて　うれしきゆかりの色に
いとしと書いて藤の花　エエ　しょんがいな

また、歌詞には「潮来出島」や「藤音頭」が挿入されることもあります。これらの挿入歌は、物語に華やかさを添え、観客を魅了します。

潮来出島

潮来出島の真菰の中に
菖蒲咲くとはしおらしい　サアサよいやサア
宇治の柴船　早瀬を渡る
わたしゃ君ゆえ　のぼり船　サアサよいやサア
花はいろく五色に咲けど
主に見かえる花はない　サアサよいやさ
花を一もと　わすれて来たが　後で咲くや開くやら
サアサよいやサー　よいやさ　しなもなく
花にうかれて　ひと踊り

藤音頭

藤の花房色よく長く
可愛いがろとて酒買うて　飲ませたら
うちの男松に　からんでしめて
てもさても　十返りという名のにくや
かへるという忌み言葉
はなものいわぬ　ためしでも
しらぬそぶりは　ならのきょう
松にすがるも　すきずき
松をまとうも　すきずき
好いて好かれて
はなれぬ仲は　ときわぎの　たち帰えらで
* きみとわれとか　おゝ嬉し　おゝうれし

『可へす可へす余波大津絵』

『可へす可へす余波大津絵』は、藤娘が初演された際の五変化舞踊の名称です。この舞踊は、勝井源八と三升屋二三治によって作詞され、4代目杵屋六三郎と初代清元斎兵衛が作曲しました。演目の名称に「かえすがえす」とあるのは、初演の二代目關三十郎が江戸歌舞伎から上方歌舞伎に戻る直前に演じたことにちなんでいます。

まとめ

藤娘は、大津絵から歌舞伎舞踊へと発展し、多くの人々に愛されてきた演目です。その美しい姿と切ない物語は、観る者の心を魅了し、日本の伝統芸能の魅力を伝えています。関連書籍として、古井戸秀夫の「藤娘の成立」や児玉絵里子の「大津絵「藤娘」と「花車」」があります。

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